小説(3冊目)

□あなただけ見つめてる
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「はい渋谷、誕生日おめでとう!」
「あ、ありがとう」
 満面の笑みを浮かべて抱えられる程の向日葵の花束を渡す。渋谷はそれを受け取りながら少々狼狽した。
 今日は渋谷の誕生日。一応は恋人として、2人きりでお祝いしようと僕の家にご招待した。
 本当は夜の方が良かったのだけれど、夜は渋谷母こと美子さんが腕によりを掛けて待っているからね。
 あの人の楽しみを奪うような事をしてはいけない。
 それに僕も渋谷家のホームパーティーにお呼ばれしているしね。
「なぁ村田、何で男のおれに花束?」
「向日葵のイメージだったから」
 微妙に答えになっていない、かもしれない。でも渋谷には向日葵が1番似合うと思うんだ。
 男子高校生に花束なんて違和感ありまくりだろう、なんて考えもしなかった。
「それにしてもお前、これ買う時恥ずかしくなかった?」
「確固たる目的があれば恥ずかしいという感情は生まれないものだよ」
「そういうもんかね。って言うか貰ったおれはコレ持って帰る時すげえ恥ずかしいと思うんですケド!」
「そう言うと思った。ホラ、これもあげるよ」
 嫌そうに顔を顰める渋谷の前に濃紺の大きな紙袋を突き出した。花束がスッポリと隠れそうな大きさの物だ。
「これに入れて持って帰れば外から見られないよ」
「さすがダイケンジャー、用意周到だな」
「ま、きみの事だからね」
「あ、そう」
 感心して目を瞠る渋谷にニコリと笑って返すと、どうせおれは判りやすいよと再び眉間に皺を寄せた。
「どうしても受け取ってほしかったんだよ。向日葵は僕だから」
「え、村田は向日葵って感じじゃないだろ。おれは花の事なんか全然知らないんだけどさ。どっちかっつーとコスモスとかその辺なんじゃねえ?」
「へえ、僕ってそんなイメージなんだ」
「花の事なんか知らねえって言ってんだろ。例えばだよ、例えば」
「まぁその意見にも一理あると思うけどね」
 確かに僕は向日葵のような華やかさとは無縁だと思う。
 でも太陽を焦がれて精一杯背を伸ばしている姿が、どうしても僕と重なるんだ。
「渋谷、向日葵の花言葉は知ってる?」
「知る訳ないだろ」
「調べてみると良いよ。ネット検索すれば一発だろ」
「おれはパソコン持ってないって知ってるだろ。親父や兄貴に変な顔されたらどうすんだよ」
「だったら図書室行くとか、本屋で探すとか」
「正直あんま進んで行きたい場所じゃねえんだよなぁ」
「やれやれ……じゃあいいよ。一生知らないままでいなよ」
 渋谷のあまりに低い知る事への意欲に、僕はさすがに閉口してしまった。
 まぁね、どうしても意味を知ってほしい訳じゃないから。きみが僕の心を受け入れてくれればそれだけで良いから。
「村田が今この場で教えてくれればいいじゃん」
「こういうのは自分で調べる事に意義があるんだよ」
「ケチ」
「節約家と言ってくれ」
 何の節約だよと不貞腐れながら渋谷が花束に顔を埋める。向日葵の花達は渋谷に抱かれて嬉しそうに身動いだ。
 僕も太陽に近付くために一歩足を前に踏み出す。
 ごめんね、この太陽は僕のものなんだ。
 キョトンとする渋谷に微笑み掛けて、僕は我が同胞達にそっと唇を落とした。
「……お前、おれより花とキスすんのかよ」
「そんな事ないけど。あ、もしかして渋谷妬いてたりする?」
「なっ、んな訳ないだろ! あーもうニヤニヤすんな!」
「拗ねない拗ねない。渋谷くんはホント可愛いなぁ」
「うるせー!!」



 僕はきみだけを見つめてるよ。
 これからもずっと。
 きみだけを。



end
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