小説(3冊目)

□肌を映した夏の海
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 青い空、白い雲、輝く太陽。
 そんな爽やかな光景の中で、村田がはしゃいでおれを見た。
「ねえねえ渋谷、あの人良いと思わない? 胸大きくて」
 指差す先には大学生くらいのビキニのお姉さん。
 確かに水色ビキニに包まれた胸ははちきれんばかりに揺れている。
 女の子にモテない歴=年齢のおれにはその羨ましい光景を直視する事が出来ず、視線を下げながら同意した。
「そ、そうだな……」
「顔真っ赤だよー。まだここ来てそんな時間経ってないよね?」
「うるさいな。あちーんだよっ」
 おれと村田は夏休みの昼日中、保護者もなく2人きりで海水浴場に来ていた。
 傍から見ればモテない男子高校生2人組。誰も性別の壁を越えてお付き合い中だとは思わないだろう。
 村田が薄いレンズ越しにおれの顔をニヤニヤと覗き込む。きっと女性の身体を見る事に免疫がないおれを面白がっているのだろう。
 しょうがないじゃんか。女の子となんか付き合った事がないんだから。
 まぁ女の子通り越して男と付き合ってるなんて、それこそ誰にも言えないけどさ。
 その張本人の顔をジトリと睨め付けて、おれは切々と世の倫理を説いた。
「て言うか村田、女性を品評するような発言は人として最低だぞ」
「いいじゃん別に。この場限りの事だし」
「名誉毀損で訴えられても知らねーぞ」
「その時は渋谷も共犯ね」
「勝手におれを巻き込むな!」
 冗談冗談と手首を上下させて村田が笑う。溜め息で返しながらおれはふと、本当にふと過ぎった疑問をぶつけてみる事にした。
「なぁ村田」
「ん? 何?」
「村田はその……今のおれ見てムラッときたりとか……する?」
 いや、今海水浴場にいるという事は当然おれ達は水着姿な訳で、という事は半裸も同然な訳で。
 一応恋人同士でそれなりの事をやっちゃってるのでどうなのかなぁと、純粋な疑問が浮かんだんだ。
 決して自惚れからではない筈だ。
 聞いた途端に恥ずかしさが襲ってきて勢い良く顔を俯ける。並んで黙りこくったまま動きもなく、周りで楽しそうに騒ぐ声が耳に届く。
 沈黙が怖くなってきて恐る恐る目だけを向けると、村田は眉を下げて微笑んだ。
「ムラムラ、してほしい?」
「そ、そういう訳じゃ……」
「しないよ。今はそういう目で渋谷を見たりしない」
「……そっか」
 キッパリと言い切られた。何となく肩透かしを食らったようで曖昧に笑って返す。
 結構じゃないか。大体所構わず盛られたら大変な事になる。
 微妙な空気を感じ取った村田は笑みを悪戯っぽいものに変えて、おれの鼻先をチョンと突付いた。
「そう言う渋谷だってさ、僕の身体見て欲情したりはしてないだろ」
「……あー……」
 指摘されてはたと気付いた。そう言われるとそうだな。
 砂浜に来て小半時になるけれど、全然村田を意識していなかった。むしろ水着姿のお姉さんの方ばかりに意識が向いていた気がする。
「そういう訳だからさ、泳ごうよ。若人がせっかく海まで来て甲羅干しだけなんてつまんないぞ」
「あのさ村田、お前って本当は何歳?」
 おれの左肩に村田が軽く手を載せると、皮膚がぶつかり合ってパシッと乾いた音を立てる。
 思わず相好を崩した時、突然村田が何かに気付いたようにおれの胸元を覗き込んできた。
「あれ、これってキスマーク?」
「え、ウソ!?」
 肩に置かれていた手を滑らせて鎖骨の下辺りをなぞる。慌てて自分の身体を見下ろすと薄赤い痣があった。
 正しくそれは3日程前、村田に付けられた跡だった。
「まだ残ってたのかよ……」
「渋谷くんてば無頓着すぎー」
 肩を落として嘆息すると村田はカラカラと笑っておれの肩を2、3度叩いた。
 どうせおれは鈍いよ。ってか気付いてたら一緒に海になんか来る訳ないだろう!
「こんなん人に見られたらヤバいって。帰――……」
「だーいじょうぶだって。他人はそんなに僕達の事を気にしやしないよ」
 踵を返しかけるが腕を掴まれてつんのめる。不本意ながら腕を組んだ状態で、おれは村田を睥睨した。
「お前、人に無頓着とか言っといて」
「だからー、他の人達も関係のない人の事まで気にしないって事」
 それは……確かにそうだろう。異世界での肩書きはデカいがこんな目立たない男子高校生2人組、眼中にも入らないだろう。
 だからって――……。
「ね、一緒に泳ご?」
 唐突に村田が声に艶を含める。腕を組んだまま顔を近付けてきて痣の辺りをそろっと舐めた。
 さすがにそれは駄目だろう!
「村田!」
「あはははは、ホラ行くよ」
 身体を強張らせるおれからさっさと離れて村田が笑う。その悪びれない態度に何だか毒気を抜かれてしまった。
 温かく濡れた感触は外気によってすぐに冷える。
 それでも顔の熱は納まってくれなくて、おれは早足で村田の後を追って海に向かった。



end
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