小説(3冊目)

□月夜ニ狂フ
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 ベッドの中で何度目かの寝返りを打った。
 元々寝つきの良い方ではないけれど、今日は特に眠れない。
 溜め息を一つ吐き、僕は身形を整えて真っ暗な部屋から抜け出した。



 深夜の眞王廟内は水を打った様に静まり返っている。コツコツと響く靴音が煩く感じられるくらいだ。
 夜空に浮かぶ丸い月を見上げながら中庭の土を踏む。靴裏に砂利を押し付けながら池に向かうと誰もいない筈のそこに人影があった。
 全身黒くほっそりとした佇まいで水面を眺めている。近付くとその人はこちらを見てふわりと笑った。
「よ、村田」
「渋谷……何でこんなとこに……」
「何か寝付けなくてさ」
 散歩がてらに来てみたんだと、どこか自嘲気味に俯いた。
 健康優良児の野球少年にしては珍しい。
 隣に立つと僕達は何とはなしに池に目を移す。水面は静かに月を映し光を湛えていた。
「ここまで1人で来たのかい?」
「うん」
「危ないじゃないか。もし何かあったらどうするんだよ」
「地球でおれの家から村田の家に行く距離と大して変わんないだろ。大丈夫だって」
「駄目だよ。きみはもっと王としての自覚を持たなきゃいけない」
「お前も皆も過保護なんだってー」
 子供に言い聞かせる様に諭すと渋谷は唇を尖らせる。幼くさえ見える表情につい破顔してしまうと、渋谷は唐突にズボンの裾を捲り始めた。
「ん? 何をするんだい?」
 訊いても無言のままで上着を脱ぎ無造作に放り投げる。池の縁に上って靴と靴下までも脱ぎ捨てる。
「ちょ、今水に入っても地球には帰れないだろ」
 僕の制止に聞く耳を持たず、水に素足を浸してザバザバと音を立てて歩く。中程まで進んだ時、ピタリと足を止めた渋谷はこちらを振り返り、水に手を突っ込んで勢い良く振り上げた。
「隙あり!」
 渋谷の手に掬われた水が飛び掛ってくる。思わず声を上げて目を閉じるとその直後、透明な液体が顔や眼鏡、服を濡らした。
 楽しそうに笑う声が耳に届いて負けず嫌いの虫が騒ぎ始める。
「やったなぁ……」
 濡れた上着を脱いで渋谷の上着に被せる様に放る。邪魔になりそうな靴や靴下も隣に置いて準備完了、池の縁を乗り越えて片足を突っ込むと同時に水を掬って渋谷に投げ付けた。
「お返し!」
 渋谷も構えていた様子だったが、このタイミングで水を掛けられるとは思っていなかっただろう。見事に命中した。
「この……」
 負けじと再び水を掛けられる。仕返しとばかりに掛け返す。2人してムキになって馬鹿みたいに繰り返す。
 子供の様に声を上げて笑ってはしゃいで、気付くと揃ってびしょ濡れになっていた。
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