小説(3冊目)

□お金で買えない価値がある
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 草野球の練習からの帰り道。
 毎度の如く仮マネージャーとして駆り出されていた僕は、薄汚れたユニフォーム姿の渋谷と並んで歩いていた。
 取り留めのない事を話しながらふと空を見上げると、淡い水色の空に散らばった雲が夕焼けを映して朱色に染まっている。
 この時間帯にしか見る事の出来ない、美しい光景。
「まるでオパールみたいだね」
「オパールってあの宝石の?」
「そう」
 幾重にも折り重なった複雑な色合いがその宝石を連想させた。
「じゃあこの空一面が宝石な訳か。すげぇなぁ」
 いくらぐらいになるんだろうかと渋谷が自転車を押しながら空を仰ぐ。
「値段なんか付けられないよ」
 百万ドルの夜景なんてよく言うけれど、あれは所詮人工の物だ。この自然の美しさには敵わないだろう。
「渋谷もね」
「は?」
 意味を図りかねたのか、渋谷はキョトンとこちらを見た。翳り始めた日の光が真っ黒な髪を優しく包み込んでいる。
 美しい黒髪と黒い瞳を持った小市民的正義漢。普通だけど平凡じゃない、何物にも変えられないたった1つの宝石。
「あのな村田、人に値段なんか付けられる訳ないだろ。人身売買じゃないんだから」
 そう言うと思ったよ。
 きみは全ての物が平等で、全て物が貴いと思っているから。民にとって、いや僕にとってはきみ以上に大切な物などありはしないのに。
 でも、そういう渋谷だからこそ、何よりも尊く守りたいと思うんだ。
「値段を付けても買い手がいなかったら売買は成立しないけどね」
「おまっそういう問題じゃないだろ!」
 会話を混ぜっ返してみせると渋谷はムッとして眉を釣り上げた。予想通りの反応で笑いが込み上げてくる。
「はいはい、怒んないの。お兄ちゃんがアイス買ってあげるから」
「おれは子供か!」
「ホラ行くよ」
 自転車の後ろに回って荷台に両手を掛ける。グッと力を込めて押すと車輪が回転のスピードを上げた。
「コラ村田、いきなり押すな!」
「コンビニまでレッツらゴー!」
「お前一体何歳だ!?」
 自転車に引き摺られるように足を動かしていた渋谷が自主的に駆け始め、誰も乗り手のいない自転車が更にスピードを増す。
 僕達は無意味な行動に笑い合いながら目的地に向かって走り続けた。

 何も考えずにただはしゃぐ。
 きみと過ごすこの時間が、僕にとっては1番の宝物。



end
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