小説(4冊目)

□マニキュア
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 リビングでテレビを見ている有利に背後から声を掛けた。
「しーぶや♪ 手貸して?」
「ん、何か手伝うのか?」
 テレビから目を離し振り返った有利は、まるでダンスにでも誘うように手を差し伸べニッコリと笑っている村田をキョトンと見上げる。
 思惑と違う反応に村田は苦笑を浮かべ、有利の隣に腰を下ろした。
「違う違う、普通に手を出せって言ってんの」
「あ? おれが村田に手を出すって……」
「もー、キリがなーい。自分でボケて自分で照れなくていいから。ホラ貸して」
 村田は有利の右手を左手で強引に取り、逆の手に持っていた小さなブラシを有利の人差し指の爪に押し付けた。
 ブラシが滑る度に爪は赤く染まっていく。
「おい村田、これマニキュア? 何でおれの指にそんなもん……」
「はいはい、じっとして。色がはみ出ちゃうよ」
 驚く有利の手をグッと握ると、有利は痛みに顔を顰める。
 ツンと鼻を衝く匂いが漂う中で、その行為は淡々と続けられた。
「おい……」
「で〜きた、完成!」
 真っ赤なマニキュアを有利の手の爪全てに塗り終え、村田は満足そうにブラシの付いたキャップを瓶に戻した。
 血の様に赤い塗装は不気味なまでに美しく爪を彩っている。まるでそこだけが別物のようだ。
「何で野球小僧にマニキュアよ? 透明だったら爪の保護って事で納得出来るんだけど」
「んー? 付けてみたかったから?」
「何故疑問系? っていうかそんな適当な理由で納得出来るか!」
 有利が口を尖らせて睨み付けても、村田は薄く笑みを浮かべるばかりだ。
 諦めて有利は溜め息を吐き自分の両手を宙に翳した。
「あーあ、せめて赤じゃなくて青だったら良かったのに」
「赤だってちゃんと似合ってるよ」
「嬉しくねえ」
 クスクスと笑いながら村田が有利の右手を取る。改めて自分の仕事の出来栄えを確認して目を細めた。

 きみの手は皆に伸ばされる物だから。僕の印を付けてみたかったんだ。
 自分だけの物には決してならないと、判っているから。

 ふと目を上げると、有利は不貞腐れたまま村田の顔をじっと見ていた。
 本当に嫌なら手を離せばいいのに。
 不器用な優しさに心が満たされるような気がする。
 村田は無骨な手を引き寄せて、指に浮き立つ真っ赤な印にそっと唇を落とした。



end
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