小説(4冊目)

□愛の花
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 血盟城から程近い丘の上、村田と有利は大木を見上げていた。
 枝々にはピンク色の小さな花が所狭しと咲き乱れている。
 ゴツゴツとした木肌を撫でて、有利は感嘆の声を上げた。
「すげー綺麗! 城の近くにこんな木があったんだな!」
「そうだね。僕達あんまり出歩く事ないもんね」
 村田が軽い調子で賛同しながら、護衛として傍に付いているヨザックをチラリと睨め付ける。
 優秀なお庭番は冷えた視線を受け止めて、おれのせいじゃありませんよと肩を竦めた。
 2人が目を離している隙に、有利は目測を立て笑みを浮かべる。
 そして幹に指を掛けてしがみ付き、花に覆われた木を登り始めた。
「あ、渋谷、危ないよ」
「平気だって。おれ前もこの木じゃないけど登った事あるし」
 趣味と言えば読書かパソコンの村田が注意を呼び掛けるが、自分で脳筋族と言って憚らない有利は意に介さない。
「全く、煙と何とかは高い所に登りたがるって言うけど」
「誰がバカだ、ってうわっ!」
 村田の呆れ口調に反論しようと視線を下ろしかけた有利は、その拍子に掴んでいた枝から手を滑らせた。衝撃を覚悟して硬く目を瞑る。
「危ない坊ちゃん!」
 しかし有利の身体が地面に落下する事はなかった。咄嗟に伸ばされたヨザックの手が有利の尻を押さえ支えていたからだ。
「さ、サンキューヨザック」
「ったく……気を付けて下さいって」
 危機を脱してホッと息を吐く。体勢を立て直して頭上にある枝に手を掛ける。
 自分で体重を支えられるようになってもヨザックの手は尻から離れようとせず、有利はもぞもぞとした居心地の悪さに襲われた。
「あのさグリ江ちゃん、いい加減ケツから手離してくれてもいいんだけど」
「あらヤダ、感じちゃう?」
「違ぇよ!」
 ヨザックの茶化しに頬を赤く染めた有利は枝を掴む手に力を込める。グッと身体を持ち上げて頑丈な枝に腰を下ろした。
「あの様子だと図星かな?」
 意味ありげにクスリと笑って村田はヨザックの隣に立ち、自分も茂る花を見上げながら木を登り始める。
 慣れない肉体酷使に苦戦しながら何とか有利の所に辿り着いた。
「お前、人には危ないとか言っときながら……」
「まあまあ」
 有利にジトリと半眼を向けられて、村田は苦笑しながら花を1つ手折り有利に手渡した。
「あげるよ渋谷」
「おい、勝手に摘んだら駄目だろう」
「オレも差し上げますよ」
 有利が村田の行為を窘めるが、ヨザックも手に届いた花を手折り、村田と同じように有利に差し出した。
「ヨザックまで……」
 困ったように眉を顰めて、有利は2人から受け取った花を両掌の上で転がす。
 そんな有利に村田とヨザックは、木の上と地上から柔らかい笑みを浮かべた。
「ねえ渋谷、この花の花言葉を知ってる?」
「知る訳ないじゃん」
「『私はあなたの虜』って言うんですよ」
「地球で言う桃と一緒だね」
 2人の解説にポカンと口を開ける。有利は頭の中で反芻した後、意味を理解して面映げに喚き立てた。
「うわもう何かスゲー恥ずかしいんですケド! 虜って何よ虜って!」
「心を奪われる事」
「そうじゃねえ! って言うかよく花言葉なんか知ってたな。村田はダイケンジャーの記憶があるからともかくとしてヨザックまで……」
「ある人にね、聞いたのが偶々印象に残ってたんですよ」
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