小説(4冊目)

□浴衣で花火を見に行こう!
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 ピンポーン。
「しーぶーやーくん。一緒にデート行ーきましょ!」
「村田! おまっ人様の玄関先で誤解を受けそうな問題発言大声ですんな!」
 村田のまるで小学生のようなお迎えコールに、有利は勢い良く自室の窓を開けた。玄関に向け、こちらも負けないような大声で怒鳴る。
「2人で花火大会見に行くんだからデートだろー?」
「そうかもしれないけど! っつかそもそもデートってのは男女で……」
 ツッコミを入れながらふと異変に気付く。
「あれ、お前浴衣?」
「花火と言ったらやっぱこれでしょ。似合うー?」
 ニコッと笑ってクルリと1回転半。
「ありゃ、後ろ向いちゃった」
「調子乗りすぎ。……しかしその下駄でターンを決めるとは恐るべきバランス感覚。後は筋力がもうちょっとあればなぁ……」
 翻った裾には目もくれず有利は自分の世界に浸っていた。――背後に忍び寄る影に気付く事なく。
 そしておもむろに伸びてきた手が有利の両肩をガシッと掴んだ。
「キャー健ちゃん浴衣! 超かわいー!」
「うわっ、お、お袋!」
 ビクッと振り返った息子をサラリと無視しつつ、美子が階下を覗き込んで手を振り黄色い声援を送る。村田はそれに応えて軽く手を振り返した。
「どーもー」
「お前らはアイドルと親衛隊か……」
「健ちゃんが浴衣なら……」
 呆れる有利を置いてきぼりにして美子の瞳がキラリと光る。
「ゆーちゃんも相応の格好しないとねー」
「いや別におれこのまんまでも……」
 有利はシックスセンスで危険を察知し後退ろうとする。だがその草食息子を肉食母ジェニファーがガシッと捕らえた。
「健ちゃんまだ時間あるわよねー?」
「大丈夫ですー」
「じゃあ家上がってもうちょっとだけ待っててー」
「判りましたー」
 美子の意図に気付いた村田はニッコリと優等生スマイルを浮かべる。
「ほらゆーちゃん、着替え着替え!」
「やーめーてーー!!」
 村田が土間に上がって下駄を揃えている頃、母にドナドナされていく有利の断末魔の悲鳴がご近所一帯に虚しく木霊した。



 村田は渋谷家ダイニングにて1人煎茶を啜っていた。
 勝手知ったる他人の家なので大体の位置は把握済みである。勝手にお茶を入れたばかりか、茶請けに煎餅まで取り出していた。
「嫌だって言ってんだろっ」
「往生際悪いわよ、ゆーちゃん」
 遠くに聞こえる仲の良い母子の言い争いに、煎餅を齧りながら思わず笑みを零す。
 村田は近付く足音に着替えの終了を悟り扉の方に目を向けた。
「お待たせ、健ちゃん」
 扉が開き美子が笑顔を覗かせる。1歩部屋に足を踏み入れながら後ろを振り返った。
「ほらゆーちゃん、健ちゃんがお待ちかねよ」
「恥ずかしいからやだって!」
 美子が引っ張る有利の腕と、嫌がる声だけが入り口から覗く。
 愚図る息子と扉を挟んで攻防戦。結局は横浜のジェニファー本領発揮で無理矢理部屋に引っ張りこんだ。
「渋谷……」
 有利を見留めて村田は目を見開き呆然と呟く。
「こういう時は女物の浴衣を着てくるのがお約束だろ……?」
「でしょー?私もちゃーんとピンクの可愛い浴衣準備してたのにどうやっても着てくれないんだから……」
「誰が着るか!」
 心底悲しげに肩を落とす村田と美子に、きっちりと男物の浴衣を着付けられた有利は憤然と喚いた。
「ま、似合ってるよ渋谷」
「そんな付け足しみたいに言われても……」
「ところでゆーちゃんも健ちゃんも、そろそろ出なくて良いの?」
 ふと思い出したように壁の時計を見て美子が問い掛ける。
「そういやそうだった!」
「それもそうだねー」
 はたと気付いた有利は慌てふためき、その後ろで村田はのんびりと立ち上がった。
「んじゃ、行ってきまーす!」
 村田を引きずるようにして有利は渋谷家を飛び出す。2人分の下駄がカラコロと軽快な音をたてて遠ざかっていく。
 美子はその様子を玄関から微笑ましげに見送り手を振った。
「ゆーちゃーん!しっかりやるのよー!」
 その時、規則正しく奏でられていた下駄の音が1つ、ガコッとひしゃげた。
「何をだーー!?」
「さぁ、何だろうねぇ?」



end
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