小説(4冊目)

□甘いお菓子ときみの顔
1ページ/2ページ

「渋谷、これあげるよ」
 最寄駅前で待ち合わせた帰り道、家に向かって歩きながらラッピングした物を手渡すと、渋谷は片手で自転車を支えたまま反対の手で反射的に受け取った。
「サンキュ。ってか村田、何コレ?」
「バレンタインのお返しだよー」
 今日は世に言うホワイトデーだからね。友人兼恋人としてちゃんと準備して来たのさ。
「おれ、チョコ渡してないじゃん」
「細かい事は気にしなーい」
「細かい事じゃねえだろ……」
 ぶつぶつと呟きながら渡した袋を眺めている。ライトブルーのリボンと白い紙袋のコントラストは、渋谷のイメージに合うんじゃないかと選んだ物だ。
 道すがらでは落ち着かないからと公園に入り、ベンチに座ってから渋谷はリボンを解いて袋の中を覗いた。中にはビニールに包まれた薄茶色のお菓子が入っている筈だ。
 しかしその正体が判らなかったらしくて、覗き込んだまま首を傾げた。
「村田、何コレ?」
「カルメ焼きだよー」
「お前って本当は何歳?」
「夜なべして作ったんだ」
 にっこり笑って返すと、渋谷は申し訳なさそうに眉を下げた。こういう所は本当に人が良いと思う。
 勝手にやった事なんだから気にする必要ないのにね。
 食べるように促がすと1つ手に取って齧り付く。咀嚼する毎にザクッザクッと心地良い音がこちらにも伝わってきた。
「あっまいなぁ、これ」
「そう?」
 まぁ甘くて当然だけどね。何たって原材料は砂糖と重曹だ。
 普段は控えてるけど実は結構甘い物好きの彼は、僕が作ったカルメ焼きを美味しそうに食べ進める。嬉しくて頬が緩むと同時にちょっとした興味が湧いた。
「僕も味見させてよ」
「ん?」
 キョトンと手を止めた渋谷に顔を近付ける。口の端に残る粉を舐め取りそのまま唇を重ねる。
 手の平で頭を支えるように頬を包み、舌を挿し入れるとザラザラした口内から纏わり付くような甘味を感じた。
 ここがどこかも考えずに満足するまで貪って、ゆっくり唇を離すと僕の手の中で体温を増した気がする顔を覗き込む。
 渋谷は顔を真っ赤に染めて荒くなった呼吸を整えている。視線が合うと頬を引き攣らせて、それでも周りにはなるべく聞こえないように口を開いた。
「おま、こんなトコでキス……っ」
「味見だもん」
「ふざけんな! 自分で作ったんだから味見くらいしてんだろ」
「ちっちっ。自分で食べるのと、きみの口から貰うのとでは違うよ」
 自分を正当化するように屁理屈で返すと、渋谷は目を見開いて絶句する。きみのその反応が楽しいから、僕はつい困らせたくなってしまうんだ。
 子供みたいだけどね。
 渋谷が拗ねたように顔を背けて、再び袋からお菓子を取り出す。今度はその様子を微笑ましく見守る事に決めて、僕は膝に置いた鞄に頬杖を突いた。



end
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ