小説(4冊目)

□病の床に天使
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 村田が風邪で寝込んでいる。見合いに来た有利はベッドに横たわる村田の顔を覗き込んだ。
「大丈夫か?」
 熱のせいか目の縁が赤く、少し腫れぼったくさえ見える。冷却シートの上から額を触ると、掌に熱が伝わってくる。
 トレードマークの眼鏡はサイドボードに置かれていて、薄いガラス越しではない裸の瞳が頼りなく見上げた。
「何で来たのさ?」
 いつもはハイトーンの澄んだ声が喉に絡んで掠れる。有利は予想以上の症状の重さに一瞬目元を歪め、安心させるように笑顔を作った。
「友達がピンチの時に、助けに来なくてどうすんだよ」
「……友達、ね」
 村田は自嘲するように口端を吊り上げた。微妙に険のある空気を感じて有利は狼狽える。
「な、何だよ」
「何でもないよ。来てくれてありがとう」
 自分の心に蓋をするようにニコリと笑う。気持ちのベクトルは自分の方が強いんだと、村田は自分を納得させるように目を閉じた。
 沈黙が落ちる。伏せられた瞼に存在を拒絶されたような気がした。
「……村田」
 有利は小さく呼び掛けた。それでも目を開けようとしない村田の頭の傍に手を突く。
 ゆっくり背を屈めていくと、ベッドのスプリングがギシッと音をたてる。
 ドクドクと感じる鼓動を抑え付けながら、有利は村田に柔らかく口付けた。予想外の感触に村田は驚き目を見開く。
 有利の両肩に熱で力の入らない手を掛け、震える腕を突っ張って顔を引き剥がした。
「し、渋谷、何してんだよ! もしきみにうつったりしたら……」
「良いよ、うつせよ。その方が早く治るだろ」
 慌てふためく村田の顔を静かに見下ろす。村田は枕に頭を擦り付けながら、勢い良く首を左右に振った。
「そんな事出来る訳ないじゃないか!」
 有利は王だ。病に臥せっていては臣下や民が悲しむ。
 それが自分のせいでは尚更だ。
 誰よりも大切な人だから、いつでも太陽のように笑っていてほしいのに。
 しかし有利はポツリと、沈んだ声で呟いた。
「お前が苦しんでんの見るの、おれ、辛いよ」
 浅い息を繰り返す村田の姿に、ガラガラの声に胸が締め付けられた。
 いつも自分を揶揄いながらも温かく支えてくれる彼が、小さな子供のように心許なく見えた。
 苦しんでいるなら少しでも和らげてやりたいと思う。代われるものなら代わってやりたいと思う。
 有利の気持ちが伝わってきて、村田は思わず眉を下げた。
「ごめん……」
「ここが眞魔国なら、おれのなんちゃて魔術使ってやれるんだけどなぁ」
 空気を変えるように有利が明るく嘆く。それに釣られて村田は頬を緩めた。
 ここは地球だから魔術は使えないけれど、たとえ眞魔国だったとしても有利に負担の掛かる事をさせる気はないけれど。
 でも彼が自分を想ってくれるだけで心が軽くなる。
「気持ちだけ貰っとくよ、それは」
 村田が本気と冗談をない交ぜにして手を伸ばす。
 久々に聞く気がする軽口に微笑して、有利はその手をそっと受け取った。



end
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