小説(4冊目)

□勉強会
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「これを公式のここに代入して……」
「えーと……こう?」
「はい、正解」
「はぁ……」
 問題集の問いを1問解き終えた渋谷は、一仕事終えた後のように大きな溜め息を吐いた。



 明日数学のテストがあるから助けてほしいと渋谷に頼まれ、僕の家のリビングで問題集を広げていた。両親は相変わらず仕事で、今ここには僕達の声とアンゴラモルモットの動く小さな音しか存在しない。
 教える事を引き受けた時、渋谷は物凄く申し訳なさそうな顔をしていたけど、可愛い魔王陛下に潤んだ瞳で見つめられちゃったら断れないよね。やっぱり。
 まぁそれ以前に、勉強会なんていう美味しいシチュエーションを逃す手はないんだけど。

「何ニヤニヤしてんだよ」
 ふと気付くと渋谷がこちらを軽く睨んでいた。どうやら顔に出てしまっていたらしい。
「いや、教えがいがあるなぁと思ってさ」
 脳味噌筋肉族なんて本人はよくうそぶいてるけど、実際言う程飲み込みは悪くない。ただ繰り返さないから知識として蓄積されず、その上から更に詰め込もうとするから混乱するんだろう。
「イヤミか? まぁこれだけ覚えが悪けりゃ教えがいもあるだろうけどさ」
「そういう意味じゃないよ」
 不貞腐れたような彼の言葉に思わず苦笑してしまった。
「じゃあ次、同じ要領で出来るから1人でやってみて」
 さっき出来た問題の次をシャーペンの先で指す。渋谷の顔を見ると驚いたように目を見開いた。
「ほったらかしかよ!?」
「ヒントは与えたよ」
 恨めしげな視線をサラッと受け流す。ちゃんと自分でやらないと身に付かないからね。
「うー……」
 しばらくこちらを睨んだ後、ようやく諦めて問題と向き合い始めた。僕は横目でシャーペンの動きを固唾を飲んで見守る。
(そうそう……あ、計算違う! ……良し、気付いた)
 気分は幼稚園児の運動会を見守るお母さんだ。
「ど、どうでしょうか……?」
 時間を掛けて解いた答えをおずおずと差し出される。不安なのがありありと判るね。
 ずっと見てたから正解は判ってるんだけど一応ザッと確認してみる。
 ……うん、間違ってない。
「大変よくできました」
 そう言ってニッコリと微笑んだ。
 ホッとしたような、どこか誇らしげな笑顔が凄く可愛いと思った。



end
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