小説(3冊目)

□大義名分と自己嫌悪
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 飲み物を持って部屋に入ると渋谷が窓の外を眺めていた。
 頭をガラスに押し付けて、らしくもなく溜め息なんか吐いている。
「どうした渋谷、悩み事?」
「別に」
 近付いてみても振り向きさえしない。これは珍事だ。
「もしかして何かヘコんでんの?」
「……」
 押し黙ってしまった。どうやら図星らしい。
 軽く目を伏せた横顔は物憂げで、いつもより少し大人びて見える。
 そんな顔も嫌いじゃないけどね。
 でも僕は、きみにはいつも笑っていてほしいと思うよ。
 地上を明るく照らしてくれる太陽のように。
「渋谷、人間悩みも必要だけど、ただ落ち込んでるだけならさっさと切り替えた方がいいよ」
 内に燻らせた所で事態が好転する訳じゃない。
「判ってるんだけどさ……」
 また溜め息を吐いた。相当拗れているみたいだ。
 本当にらしくないよ。脳筋族で考えるよりまず行動のきみはどこに行ったんだ。
 いや、行動した結果で落ち込んでいるのか。
 世の中は思い通りに行かない事の方が圧倒的に多い。さすがの魔王様でもね。
「何があったのかは訊かないでやるけどさ、いい加減元気出しなって。せっかくうちに遊びに来たんだから」
「……うん」
 チラリと視線をこちらに向けて、また俯いた。思わずこちらまで溜め息を零してしまう。
 落ち込むなとは言わないけれど、一緒にいるんだから少しくらいは僕を見てほしい。
 結局の所これが本音だ。自分本位極まりない。
「渋谷……僕が忘れさせてあげる」
「へ……?」
 コップを置いて渋谷の身体を抱き締める。キョトンと目を瞬かせる渋谷にキスをすると、身体を強張らせて押し返そうとした。
「村田、何で……?」
「こういう時はね、何かで気を紛らわせるのも1つの方法だよ」
 上手く切り替えが出来ないなら、他の事で頭を一杯にしてしまえばいい。
 僕の事しか考えられないようにしてあげる。
 再び身体を引き寄せて深く口付ける。舌を絡め擦り合わせると徐々に力が抜け、膝から床に崩れ落ちた。




「ん……ふ、あ……っ」
 肌蹴たシャツの間から赤く色付く突起が覗く。指先で円を描くように弄りながら渋谷の下肢を扱くと、しどけなく開いた足がピクリと痙攣する。
 奥まった入り口をそろそろと撫でると、渋谷は身を捩りいやらしく腰を揺らした。
「渋谷、そんなに腰振ってたら解せないよ」
「ちが、う……うぅ……」
 からかうと恥ずかしそうに頭を振る。顔を隠そうとする腕を片手で押さえ、入り口に爪を引っ掛けると肉の双丘に指を圧迫された。
「ひあっ!」
「そんなにほしいの? やらしいなぁ」
「ちがっ……も、ヤダぁ……」
 涙に煙る黒い瞳が揺らめいて僕を誘う。赤く濡れた唇が小刻みに震えながら必死に呼吸を紡ぐ。
 下肢が疼いて堪らなくなって、穴に指を突き入れた。
「や、あぁっ!」
 性急に中を広げるためにグルグルと掻き回す。出し入れを繰り返すと、流れ落ちてきた先走りが指に絡み潤す手伝いをする。
 複数になった指が楽に動かせるようになった頃、下肢を押し当てて渋谷を貫いた。
「あ、あ、あー!」
 腰を進めると中が熱く締め付けてくる。抱えた足が快楽を求めて僕の身体を挟み込む。
 気持ち良くてどうしようもなくて、僕は夢中で腰を動かした。

 もしかしたら僕は、慰めるという大義名分にかこつけてきみに触れたいだけなのかな?
 だってきみの中はこんなにも熱くて。
 きみの声はこんなにも艶めいていて。

 たまんない――。



 渋谷が何も身に着けないままグッタリと身体を横たえている。
 その肌をシーツで隠し、僕は汗で微かに湿っている渋谷の髪に触れた。
 無理させちゃったかな。
 手加減なんか一切しなかった。思うままに貪ってしまった。
 渋谷のためと言っておきながら、結局は自分の欲望に忠実に動いただけだった。
 もう自己嫌悪するしかない。
「村田……」
 ふと渋谷が目を上げた。髪を撫でていた僕の手を取り小さく笑う。
「ありがとな」
「え?」
「何かもう落ち込んでんの、バカバカしくなった」
 呆然とする僕を見て、いつもの顔で笑った。
 渋谷はいつも僕の嫌悪を救い上げてくれる。慰めてやりたいと思った筈なのに、結局は僕の方が慰められている。
 僕は苦笑を返して、渋谷の手をそっと握った。
「僕も、ありがとう」



end
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