小説(3冊目)
□桃色悪夢
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のんびりとした声に呼ばれてギュッと瞑っていた目を恐る恐る開けてみる。目の前にはおれの顔を覗き込んでいる村田がいた。
「起きた?」
「あ、あれ?」
微笑を浮かべるその顔にさっきまでの艶っぽさは欠片もない。
ガバッと起き上がり、いつもの黒学ランに覆われた村田の胸をペタペタと触ってみる。
「ない……」
先程まで感じていた柔らかさは微塵もなく見事なまでに真っ平だ。
いやんエッチとふざけた口調で胸を隠す村田を放置して、自分の身体も触って確認する。胸もないし、下は朝の生理現象でしっかり自己主張中だ。
って事は……。
「夢だったのか……」
ドッと力が抜けて頭を垂れた。良かった。本気でどうしようかと思った。
「ピンクな夢、堪能してたみたいだねぇ」
村田がクスクスと笑いながら、おれの後ろにあるピンクの枕を取り上げた。
それはおれの枕じゃない。でもどこかで見た事があるような……?
「魔動抱き枕戦隊・眠り隊・桃。フォンカーベルニコフ卿から借りてきたんだ」
やっぱりか!
「村田お前せっかく借りてきたんだったら自分で使えよ」
わざわざ借りてくるって事は自分がピンクな夢を見たかったんじゃないのか。
半眼で睨み付けてやると、村田は悪びれる事もなくヒョイと肩を竦めた。
「だって渋谷、最近エッチな夢見てないって言ってたからさ。優しい僕としては何とか見せてあげたいなぁと思った訳なんだよ」
「余計なお世話だ」
おかげ様で怖ろしい夢を見た。
「でも嬉しいな。僕の夢を見てくれてたんだ」
村田がふわりと微笑んでおれの頬をそっと撫でる。
「そりゃ、一応恋人同士だからな……」
何だか指摘された事実が妙に照れ臭くて視線を外す。
頬にあった手が顎を掬い取り、おもむろに顔が近付いて唇が優しく触れ合った。
「ところでどんな夢だったの?」
「それをおれに言わせるのか」
興味津々な様子で覗き込んできた村田に対し、おれは苦虫を噛み潰したような顔で答えた。
エッチな夢だと判ってて訊くのかお前は。何て悪趣味な奴だ。
しかし反射的に夢を思い返すと先程までの恐怖が甦ってきて、おれはその元凶をキッと睨み付けた。
「あのなぁ、おれ達何故か女になってるし、お前は試してみようとか言って襲い掛かってくるしでスゲェ怖かったんだぞ!」
「へぇ〜、女体化ねぇ〜」
村田が感心したように目を瞠る。
って言うかニョタイカって何だ? 鯛の仲間か?
「渋谷が女になりたい願望を持ってたなんて意外だなぁ」
「ねえよ! 女役やっててもそれはねえ!」
あまりにも素っ頓狂な事を言ってくるんで思わず喚き返した。が、その内容は村田との行為を思い起こさせてくれて顔が熱くなる。
バカか、おれは……。
「渋谷はホント可愛いなぁ」
「可愛くねぇよ。ほっとけ」
クスクスと笑いながら村田がおれを抱き締める。アッサリした胸板を感じながら手を背中に回そうかと迷っていると、耳元にどこかで聞いたような台詞が滑り込んできた。
「なぁ渋谷、試してみようか」
「何を」
「女子の身体。興味あるんだろ?」
「なっ!」
夢とほぼ同じ台詞に絶句して思い切り身体を引き剥がす。村田は笑みを浮かべたままゴソゴソとズボンのポケットを探り、液体の入った小さな試験管を掌に載せた。
「実はフォンカーベルニコフ卿が性転換の薬を完成させたって聞いてね。少し分けてもらったんだ」
自分で血の気が引いていくのが判った。気が遠くなる。
「夢の続きを楽しもうじゃないか」
村田が邪気など微塵も感じさせない顔で笑った。
おれの悪夢はまだ終わらない、らしい……。
end