小説(2冊目)

□花の気まぐれ
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「薔薇も悪くないけどさー、渋谷に1番似合うのはやっぱ向日葵だよね」
 太陽のように笑うきみには太陽の花がピッタリだ。
 缶コーヒーを1口飲み視線を戻すと渋谷は見開いた目を瞬く。
「そっか?」
「うん。でも大きすぎて髪には挿せないねー」
「挿すなよ。お前は一体おれをどうしたいんだよ」
 僕はただ見てみたいだけ。
「ユニット結成しようよ。歌って踊れるお笑いアイドル」
「それは一体どれがメインなんだ……っていうか嫌に決まってんだろ。そんな見世物みたいなの」
「王様ってのはある意味客寄せパンダみたいなもんだろ」
「人をパンダにすんな」
「人をパンダにするなんて水を掛けなきゃ無理だよ」
「いや、あの現象は水を掛ける事が直接の原因じゃねえから」
「やろうよ、アイドルユニット『ムラケンズ』。あちらの世界では僕達美形で通ってるからさ、大フィーバー間違いなしだよー」
「フィーバーって村田、お前ホントに何歳? じゃなくて、おれは魔王と野球だけで手一杯なの。これ以上余計な仕事増やそうとするな」
「ちぇー。じゃあ今度薔薇付けて見せてくれる?」
「何でそこに戻ってくるんだ」
「だって見てみたいんだもん」
 僕の知らない顔をフォンビーレフェルト卿は知ってる、なんて寂しいじゃないか。
「村田……まさかヴォルフにヤキモチ妬いてる、とか言わないよな?」
「……悪かったね」
 不意に図星を指され顔を背けた。組んだ脚に肘を載せ頬杖を突く。
 僕はきみが思ってるよりずっときみの事好きだからさ、そういうのも気になっちゃう訳よ。
「む、村田がヤキモチ……」
 僕の内心を嘲笑うかのように渋谷がクスクスと笑う。
「……バカだなぁ」
 非常に失礼だ。
「ヤキモチなんか妬く必要ないじゃん」
 ヒョイと眼鏡を奪われ遮られていた空気が直接目に触れる。思わず振り返って渋谷を見ると、僅かに霞む視界の中で優しく微笑んでいた。
「渋谷?」
 僕が眉を顰めると悪戯を思いついたように表情が動く。
 そして。
「おれがこういう事すんのは村田だけなんだからさ」
 僕の眼鏡を宝物のように掌上に戴き、そのフレームに……キスをした。
「――!」
 驚きすぎて言葉も出ない。あの照れ屋な渋谷がこんな事するなんて。
 茫然自失で渋谷を眺めていると、僕の間抜け面がよっぽど可笑しいのか喉の奥で笑いを噛み殺しながら眼鏡を掛け直される。
 フレームが顔に触れた瞬間、渋谷の唇が直接触れたような錯覚を起こし頬がカッと熱くなった。
「どしたー、顔真っ赤だぞー?」
「煩いなっ」
 ニヤニヤと頬を突付いてくる手を僕は邪険に振り払う。ちょっと悔しい。
 渋谷はいつも僕に振り回されるってぼやくけど、実際は僕の方が振り回されてるんだ。きみの一挙手一投足に。
 動悸を落ち着かせようと缶コーヒーを一気に呷る。でも温い液体じゃあまり効果はない。
「もう……」
 熱を逃がすように大きく息を吐いて投げ出された手に触れた。指を絡めるとその手はピクリと震える。
「渋谷、今日うちに寄って行きなよ」
「元からそのつもりだけど……何で?」
「僕を煽った責任、取ってもらうから」
 首を伸ばして耳元に囁くと渋谷の頬が赤く染まり、絡む指が一瞬、更に強く結びつく。
 仕返しとばかりにその感触を引き寄せて、僕は渋谷の手の甲にそっと口付けた。



end
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