小説(4冊目)

□愛の花
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 水色の瞳が懐かしむように、遠くを見るように細められる。有利は何か入り込めない物を感じて、ふーんと気のなさそうな相槌を打ち話を逸らせた。
「ところでおれ、この花貰ってどうしたらいいんだよ?」
「そんなの『ありがとう』でいいんだよ」
 戸惑いを誤魔化す親友を掬い上げるように村田は破願した。お礼はキスがいいなと冗談めかして自分の頬を突付く。
 閉口しながら有利は手の中の感触を確認し、意を決して村田に顔を近付けた。
「……ありがとう」
 一瞬だけ頬に唇を寄せすぐに離した。それでも本当にキスをされるとは思っていなかったらしく、村田はパチパチと目を瞬いている。
 有利は照れ臭そうに顔を背けて、下にいるヨザックを呼んだ。
「はい?」
「ちゃんと受け止めろよ!」
「え、ええ!?」
 言うが早いか勢いを付けて、有利は枝から飛び降りる。
 ヨザックは慌てて両手を広げ、鍛え上げられた筋肉を駆使して有利を抱き止めた。肝が冷えて心臓が大きく脈打っている。
「はー、無茶ですよ陛下……」
「ヨザックも、ありがとう」
 抱き止められた格好のまま、有利はヨザックの頬に口付けた。ゆっくりと顔を離しながら目を合わせられず俯く。
 ヨザックは胸に込み上げてくる暖かな感情に口元を緩め、腕の中にいる人を強く抱き締めた。
「嬉しいです、坊ちゃん」
「ヨザック……」
「あー、グリ江ちゃんズルいー!」
 甘い雰囲気を漂わせる2人に、村田は木の上から声を張り上げた。
「僕も!」
「何ぃ!?」
「猊下!?」
 有利とヨザックを目掛けて村田までが枝から飛び降りる。さすがのヨザックも2人分の体重を支える事は困難で、背中から揃って地面に倒れ込む。
「げ、猊下……オレを殺す気ですか……」
「村田! 重いんだからさっさとどけ!」
「えー、渋谷よりは軽いよーだ」
「大して変わんねえよ!」
「ふ、2人共、暴れないで……」
 折り重なったままバタバタと暴れ、弱々しい呻き声に笑いが弾ける。
 重なっていた身体を草の上に横たえて、3人は空を見上げた。
 ライトブルーの空に映えたピンクの花が風に揺れる。柔らかな空気の流れが髪をそよがせる。
「好きだよ、渋谷」
「好きですよ、坊ちゃん」
 有利を間に挟み左から村田が、右からヨザックがそっと頬にキスを返す。
 赤面して目を閉じた有利の両手の中で、小さな花がふわりと身じろいだ。



end
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