夢小説
□【初めての恋心】
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【初めての恋心 第1話】
ある午後、私は隣町までのお使いを頼まれ、バスに乗っていた。
前に座っていた人が開放したままにしていったのだろうか。
半分程スライドされた窓から、そよそよと吹き込む春の風が心地よくて、ついうたた寝をしてしまった。
急にバスがガクンと揺れ、ハッと目を覚ます。
「次は……」
何事も無かったかのように、バスのアナウンスが流れる。
降りる停留所は5つ以上も先だ。
どうやら、すぐ前を走行していたタクシーが呼び止められ、バスが急停車したようだ。
(まだ大丈夫……)
再び安心して眠い瞼を重ね合わせた。
ふんわりと差し込む陽の光に抱かれながら、私は深い眠りに落ちた。
「……」
どれくらいの時間が経ったのだろう……睡(まどろ)んでぼやける意識の中、微かに人の声が聞こえたような気がした。
「かいらしい子猫……こないところで寝てしもて……」
(……え……誰?)
突然、左耳を京訛りの甘い囁き声が擽(くすぐ)った。
慌てて目を開けると、口付けしそうなくらいすぐ近くに、美麗な男の人の顔があった。
「きゃっ……?!」
驚きに小さな悲鳴を上げながら頭を起こすと同時に、その男の人の肩を借りて寝てしまっていた事に気がついた。
「ご、ごめんなさい……わたし……」
顔を紅潮させながら俯いて謝る私に、その人は柔和な微笑を投げかけた。
「ほんにあんさんは……」
「……?」
きょとんとして見上げると、苦笑しながら私の方にすらりとした手を伸ばした。
ドクンと心臓が跳ねる。
「まだ花冷えの季節やさかい、こない風に当たっては体に障る」
そして、大きく開放された窓をそっとスライドさせた。
(窓を閉めてくれただけだったんだ……)
一人でドキドキしてしまった自分が恥ずかしくなり、照れた頬が紅く火照る。
「あ……あの、ありがとうございます」
顔を隠すように大袈裟にお辞儀をしてお礼を言った。
「いえ……」
にこやかに表情を緩めて澄んだ声で返した後、スッと立ち上がった。
いつの間にかバスが停車していて、押しボタンの灯りが消え、扉が開いた。
「ほなわてはこれで……」
どこか哀しげな余韻を残しながら、彼はバスを降りた。
優しい残り香を置いて……
少し名残惜しいような……寂しいような……
じわりと込み上げてくる懐旧の念に、急に胸が締め付けられたように苦しくなる。
その時、膝の上に一滴の水が零れ落ちた。
(雨……?)
一瞬そう思ったが、今はバスの車内。窓の外を見ても太陽が燦々(さんさん)とアスファルトの地面に降り注いでいる。
視線を戻した時、もう一滴の水が落ちて初めて自分が涙を流していた事に気がついた。
目にゴミが入ったわけでもないのに、止め処なく流れ落ちる涙が頬を濡らした。
次の瞬間、私は座席から立ち上がって閉まりかけた中扉に向かって走り出した。
「降ります!」
大きな声で運転手さんに伝えると、再び開けて貰った中扉から外へと飛び降りた。