夢小説
□【初めての恋心】
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【初めての恋心 第2話】
「待って……」
すらりとした長身の彼は歩みを止めて私の声に振り返り、僅かに頸を傾げると、澄んだ優しい瞳で真っ直ぐに私を見据えた。
私の心の中で眠っていた感情が、ゆっくりと春の雪のように融かされていくのを感じた。
「そない慌てはってどないしたんどすか?」
やんわりと甘やかすような落ち着いた温もりのある口調が何故か懐かしい。
手を伸ばして彼に触れたい……
今すぐに彼を抱きしめたい……
衝動的にそんな思いが込み上げてきた。
曖昧な記憶の中で、一つだけ確かなものがあった。
それは……
「俊太郎さま……」
時空を越えて命がけの恋に落ちた……この世で一番愛しい人の名前。
彼は口の端を緩めて、眩しいほどに美しい微笑みを浮かべた。
「〜〜はん……」
懐かしそうに私の名前を口にした彼は、悦ばしげに目を細め、体の向きを変えて広い歩幅で私の方へと歩み寄る。
「わての事、覚えとってくれはったんか」
駆け寄る私をしっかりと抱き留め、頬に残る涙の跡をそっと繊麗(せんれい)な指先で拭ってくれた。
「当たり前です……っ……大好きな俊太郎さまの事……忘れるわけないじゃない……」
待ち望んでいた至上の幸福を肌で感じながら、しがみ付くように広い背中に手を廻した。
温かい胸板に顔を埋めて歓喜に噎び泣く私の頭を、俊太郎さまが優しく撫でてくれた。
「わてもや……愛しい〜〜はんとこないして再び廻り逢う日を夢見て、毎日祈りを捧げとったんや」
そして、左胸のポケットから何かを取りだして私の目の前に翳(かざ)して見せた。
それは……毘沙門堂の勝守だった。
高雅な伽羅の香りがふんわり漂う。
朧げな記憶がじわじわと呼び起こされ、霧が晴れたように色鮮やかに蘇ってきた。
彼と出逢った初めてのお座敷……
想い出深い初めての外泊……
久遠の愛を誓った初めての元旦……
そう、私はあの日……幕末へタイムスリップした。
……したはずだった。
(何故……それなのに何で私は現代にいるの?)
考えれば考えるほど、混沌とした暗黒の渦に飲み込まれそうになる。
俊太郎さまは当惑する私の表情から何かを察したように、憂愁を帯びた切なげな微笑を浮かべた。
「ほんまやったら……わてはこない処へ来たらあかん身……」
「……えっ?」
思い掛けない彼の言葉に目を丸くする私に、美麗な瞳を悲哀に曇らせて、眉を顰(ひそ)めながら重苦しげに言葉を繋いだ。
「せやけど今一度……一目でええ、愛しいあんさんに逢いとうて……そない願っておました」