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□湯けむり姫君事件
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☆
「ガジル―?リリー?どうかしたのー?」
レビィの不思議そうな声が聞こえる。
確かに、あれだけバシャバシャと派手な水音が聞こえれば不自然にも思うだろう。
露天風呂用に整備された石畳の上でガジルは荒く息をつく。隣では王が目を回していた。
「酒に酔ってのぼせた上に溺れるとかどんだけマヌケなんだよ!」
「あらあら、困った王様ね。悪いけど部屋まで運んでくれる?あとは私が看るから」
「ならば王はオレがお連れしておこう。ガジル、くれぐれも姫様を覗くんじゃないぞ」
「誰が!」
王妃が上がって行ったのだろう、反対からザバ、と水音が聞こえる。
王を担ぎニヤリとして去っていくリリーに桶を投げつけて、ガジルは改めて温泉に浸かった。
まったく、いつもどこか締まりのない王だ。もっともそれは出会った時からだったが。
「ガジルー?ガジル、いないのー?」
「いますよ」
「どのあたり?ここー?」
竹垣がコンコン、とノックされる。
それはちょうどガジルの背中の場所で、彼もコンコン、と応えた。
「こっち向いてる?」
「いや、背中預けてますよ」
「じゃあ、私もそうする」
背にしている竹垣が軽く揺れた。姫がその小さな体を同じように預けているのだろう。
不意に、今露天風呂に姫とふたりでいるという事実に気づき、ドクンと心臓が大きく波打った。
「なんか、ドキドキするね」
姫の悪戯を隠すような小さな声が聞こえる。
同じようなことを考えていたのだろうか、そう思うとまた一際大きく心臓が鳴った。
「姫はお子ちゃまですからね」
「もうっ」
顔が見えないのは幸いと、平静を装っていつもの調子でからかってみる。
案の定聞こえた不機嫌なセリフ。今頃後ろでは可愛らしい頬がぷく、と膨らんでいるのだろう。
「ちゃんと浸かってる?」
「胸までは浸してますよ。つってもオレが美肌になる理由ねぇでしょう。姫さんこそしっかり浸かっておかないとお子ちゃまだから嫁にいけなくなりますよ」
「もうっ!そんなんじゃないもん!お母様に聞いたの、この秘湯には傷を癒す効果もあるんだって。ガジル、訓練や遠征でよく怪我するから…心配なんだもん…少しでも良くなったらいいなって…」
「姫さん…」
いじらしいその言葉に、また現実にできない衝動がガジルを駆り立てる。
その頬に触れられたらどんなにいいだろう。この腕の中に抱きしめられたら、どんなに。
けれど、それは一線の先。自分が決して踏み込んではいけない場所だ。
ぐっと拳を握りしめて衝動に耐えると、ふーと深く息をついてガジルは全身の力を抜いた。
その耳元で、レビィが小さくあれ?と言ったのが聞こえる。
「どうしました?」
「んー、誰か今温泉に入ってきたような…お母様は出たばかりだし…ここ私たちの貸し切りなのに…っき、きゃああああ!」
「姫さん?!」
悲鳴と共に背中にあったレビィの気配が消える。
ばしゃあっと激しい音を立ててガジルは立ち上がると竹垣に寄り耳を澄ませた。
いくつか聞こえる水の音。それからして、ひとりではない。
まさか、王家を狙う賊が潜んでいたとでもいうのか。
「姫さん!!」
悩む間もなくガジルは竹垣を蹴り壊すと遠慮なしにそれを越えて行く。
湯けむりの中に多数見える影。その中のひとつのそばで、レビィの空色が揺れる。
「姫さん!無事か!!」
「きゃー!おサルがお風呂入ってるー!可愛いっ!」
「はぁ?!」
湯けむりが晴れていく。
そこにいたのは、温泉に浸かるサルの群れと、無防備に子ザルを撫でている姫の姿。
「…オイ」
「え…?ガ、ガジル?」
頭の上で聞こえた低音に、恐る恐る振り返れると赤い瞳と目が合った。
レビィはカチン、と表情を凍らせるとそのまま全身を真っ赤に染めて両手で体を隠すときゃあああ!と悲鳴を上げて温泉の中に勢いよくしゃがみこむ。
「あああ!ち、違っこれは!!!」
「ガジルのバカ―――!!!」
「ぐほぉっ!」
「元気がいいわねー」
「リリー、竹垣の修理代はガジルの給料から引いておいてくれー」
「仰せのままに」
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