novel

□ひとつだけ教えてやろう。
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日も沈みかけた時間、ギルドの酒場。


ガジルは相棒のパンサー・リリーと酒を嗜んでいた。


ギルドの中はいつも通りざわざわと騒がしいが、いつもより少しだけ静かな気もする。





最近、心臓が温かくて時々苦しい。


戦いの興奮とは違う。


たまに、誰かにくすぐられているような感覚もする。


なんだってんだ、これ。


心地の悪いものではないが、正体のわからない現象にガジルはひとりもやもやを抱えていた。


小さくて聡明な妖精、レビィと付き合い始めたのは先月のこと。


心臓がくすぐったいのは特にその頃からだ。





「なァ、リリー」


「ん?どうしたガジル」





相変わらず大好きなキウイジュースを飲みながら、ガジルに返事を返すリリー。


リリーなら、このもやもやがなんなのか知っているかもしれない。





「最近よォ、心臓がむず痒くて仕方ねェ」


「…心臓が?」


「じんわりあったけェときもあるが…時々発作みてェに息苦しくなりやがる」


「…ほう。辛いのか?」


「いや、心地が悪いわけじゃねェ。だがこのもやもやしたもんが最近すげー痒いんだよ。特にアイツといるときだ」


「アイツ?」





リリーが問うと、ガジルは無言で遠くに見えるレビィを顎で指した。


リリーは全て合点の言ったような顔をする。






「…ガジル、ひとつだけ教えてやろう。」


「あ?」


「それを『幸せ』と言うんだ」






その言葉は、ストンと入ってきた。


これが。


幸せ?


…そうか、これが。


…そうか。


過去の自分を思い浮かべ、ーーーふと涙腺が疼く。





これが、幸せ。


あの頃にはどうやっても辿り着けなかった感情。


溢れ、流れて、とめどない。





思わず止めていた、酒を運ぶ手。


再び動かして、酒を流し込んだ。


そして、先ほど見つけた空色の彼女に再び目をやる。


ーーーああ。


心がじんわり温かい。けれど時々苦しくなる。


誰かにくすぐられているような。それでもどこか心地いい。


俺は今、ーーー幸せ、なのか。


幸せ、なんだな。





隣で小さな相棒が、呆れたように、嬉しそうに『口が緩んでいるぞ』と言ってきた。


それでも今は、僅かに緩んだ口元を引き締める必要はない、と柄にもなく思えてしまった。






→あとがき
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