novel
□ひとつだけ教えてやろう。
1ページ/2ページ
日も沈みかけた時間、ギルドの酒場。
ガジルは相棒のパンサー・リリーと酒を嗜んでいた。
ギルドの中はいつも通りざわざわと騒がしいが、いつもより少しだけ静かな気もする。
最近、心臓が温かくて時々苦しい。
戦いの興奮とは違う。
たまに、誰かにくすぐられているような感覚もする。
なんだってんだ、これ。
心地の悪いものではないが、正体のわからない現象にガジルはひとりもやもやを抱えていた。
小さくて聡明な妖精、レビィと付き合い始めたのは先月のこと。
心臓がくすぐったいのは特にその頃からだ。
「なァ、リリー」
「ん?どうしたガジル」
相変わらず大好きなキウイジュースを飲みながら、ガジルに返事を返すリリー。
リリーなら、このもやもやがなんなのか知っているかもしれない。
「最近よォ、心臓がむず痒くて仕方ねェ」
「…心臓が?」
「じんわりあったけェときもあるが…時々発作みてェに息苦しくなりやがる」
「…ほう。辛いのか?」
「いや、心地が悪いわけじゃねェ。だがこのもやもやしたもんが最近すげー痒いんだよ。特にアイツといるときだ」
「アイツ?」
リリーが問うと、ガジルは無言で遠くに見えるレビィを顎で指した。
リリーは全て合点の言ったような顔をする。
「…ガジル、ひとつだけ教えてやろう。」
「あ?」
「それを『幸せ』と言うんだ」
その言葉は、ストンと入ってきた。
これが。
幸せ?
…そうか、これが。
…そうか。
過去の自分を思い浮かべ、ーーーふと涙腺が疼く。
これが、幸せ。
あの頃にはどうやっても辿り着けなかった感情。
溢れ、流れて、とめどない。
思わず止めていた、酒を運ぶ手。
再び動かして、酒を流し込んだ。
そして、先ほど見つけた空色の彼女に再び目をやる。
ーーーああ。
心がじんわり温かい。けれど時々苦しくなる。
誰かにくすぐられているような。それでもどこか心地いい。
俺は今、ーーー幸せ、なのか。
幸せ、なんだな。
隣で小さな相棒が、呆れたように、嬉しそうに『口が緩んでいるぞ』と言ってきた。
それでも今は、僅かに緩んだ口元を引き締める必要はない、と柄にもなく思えてしまった。
→あとがき