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□湯けむり姫君事件
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ばしゃあんっ



鬱々とした気を晴らすように、目の前のお湯が景気よく跳ねる。

驚いて目をパチクリさせると、いつの間にそばに来たのかリリーと王の姿があった。そして湯に浮いた盆の上に酒とお猪口が3つ。



「宿の者が用意してくれたのだ。ほれ、ガジルも飲め。温泉で飲む酒は格別だぞ」



そういって王は自ら酒を注ぎガジルとリリーに振舞った。軽くカチリと合わせてからぐい、と一気に飲み干す。苦み走ったその味は彼の心にとてもよく似ていて、しかしどこかくすぐったいように美味しかった。


「オレからも注がせてもらうぞ」

「あぁ、悪ィな」



2杯目もすぐに飲み干すと、ガジルは王が俯いているのに気が付いた。

最初の酒を口にしてから、ずっと顔を上げずに動かないでいる。



「王…?!まさかっ!」



眉を潜めてすぐ、ハッとして王の手からお猪口を奪うとガジルは慎重に匂いをかいだ。

温泉で気が緩んでいた。毒見もせずに王に誰かが用意したものを飲ませてしまうとは。

しかし酒は同じものを飲んだし、同じ徳利から注いだ。違ったのは飲むことに使った器だけ。

もしそれに、薬でも塗られていたら…!

焦るガジルの前で王が勢いよく立ち上がる。ばしゃあっと湯が辺りに波打った。



「ははははは!いや温泉は気持ちがいいな!ほら見ろ、世界が回っているぞ!!」

「酔っぱらいかよ!!」



誰もいない方角を指さして顔を真っ赤にしたまま王がふらふらしている。

たった一杯でこうなるのかよ!ガジルは頭を抱えた。



「よーし、がじるぅ、りりぃ!誰が一番潜っていられるか勝負と行こうじゃないかぁ!」

「やるかンなこと!」

「言ったなぁ!よしスタートぉ!」



サッパーン!と勢いよく温泉の中に王が潜っていく。

断続的に上がる細かな泡がぶくぶくと水面を揺らし、やがてしーんと静かになった。



「………溺れているんじゃないか?」

「王―――――!!!」
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