Novel
□臆病人間
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ああ、今日もあの感覚だ。
…怖い。
でも、気にしないフリをする。いや、気にしないフリをしているフリをして誤魔化す。
きっと、きっと明日には大丈夫だろうから。
「おはよ、鳴瀬」
「お、おはよ、笹本」
軽く声が上擦った。
あ、挨拶ミスったかも。瞬時にそう思った。
でも、まぁ、いつものことか。それでも、なんとなくだけど、虚しい気分には…なる。軽く俯いてみる。
「鳴瀬、鳴瀬、」
「…ん?なに?」
声をかけられ慌てて顔を上げて、微笑む。
ぼーっとしてたことを悟られないようにするために。
「昨日の《 》ってテレビ見たか?」
「あー、御免、見てないや」
「あ、そう?じゃ、今度見てみろよ!」
「お、おう!」
ああ、行ってしまった。
溜め息をつきながら椅子に座ればさっきの反省をする。
話題。話題をせっかくふってくれたのに、答えられなかったし、見てなくても膨らませることぐらい出来たはずだ。
ちゃんと笑えてたかさえ、不安になってきた。そうなると、今度は気持ち悪くなってくる。
「おい、鳴瀬。どうかしたか?」
「いや、大丈夫。気にすんな」
「そうか。?」
せっかく心配してくれたのにへらりと気の抜けた笑顔と素っ気ない返事しか返せない。これじゃ、更に心配させちゃうじゃんか…。
「…はぁ、」
頬杖をついて何気なくクラスを見渡す。
俺は、あんな風に笑えてるだろうか。笑いの取れる話を一つや二つ、しているだろうか。考える度に、どんどん深く潜っていく。
胸が苦しくなった。
でも、このままじゃ駄目な気がして、次の休み時間には何かしら行動しようと心に決めた。
けど、
「…だよな!なぁ、鳴瀬もそう思うだろ?」
「ん、そう思う。」
あまり効果は無かった。
多分、愛想笑いか苦笑いしか出来ていなかっただろう。と帰りながら思った。
「………、」
溜め息すら、出てこない。
もう、あの頃と違って、皆仲良くしてくれて、笑顔で迎えてくれているのに…染み付いてしまったモノはなかなか消えてはくれない。
部屋で独りでいると、染み付いたモノはじわじわと広がり始めた。
いつ、俺が嫌われても可笑しくないし、もしかしたら皆、同情で一緒にいるのかもしれない。裏で悪口を言ってたりして。
怖い。
「…怖い、」
もういっそう、友達なんて作らずに独りでいた方が楽かもしれない。あの頃には、戻りたくない。
布団に寝転び、目を閉じて明日になるのを待つ。
大丈夫、明日にはまた元通りだ。
そんな時、耳許で誰かの声が聞こえた。
「キミは、本当にそれでいいと思うの?」
「…嗚呼、いいよ」
「ふーん、なら、なんでそんなに哀しそうな顔をしてるんだよ」
「知らないよ。んなもん」
「キミはさ、ただ臆病になってるだけだよ。キミには何の問題もない」
「そんなこと、無いよ。俺はつまらない奴なんだ」
「本当につまらない奴は自分のことつまらないなんて言えないよ。もっと自分に自信を持てよ」
「自信なんか…持てるわけないだろ。俺はもっと頑張らなきゃ駄目なんだ」
「頑張るって…何を?」
「だから、友達と仲良くなるために…嫌われないようにするために……、」
「そのために、何を頑張るの?」
「…だから、」
だから、……あれ、俺は何を頑張ろうとしてたんだっけ。
笑顔?面白い話?…疑わないこと?
違う、全部、違う。
「ほら、何も無いじゃないか」
「……何も無いことは無い」
でも、何を頑張ろうとしてたか、思い出せない。
なんだ、なんだなんだなんだ。
『…友達なんて要らない。皆裏切っていくんだ。皆、皆…』
「…?」
『……俺は、何も悪いことなんかしてないじゃないか!!』
「…あ、」
後ろを振り向くと、一年前の自分がいた。
しっかりとした声だったが、顔は今にも泣き出しそうだった。
そっと、自分に近付く。
『…アイツも、アイツもアイツも皆、俺を裏切った。なんでだよ…友達だと、親友だと思ってたのに…』
泣きたいのに、泣けない。そんな自分を見て、泣いた。
あのとき泣けなかった分まで。
気付いたら二人して泣いてた。なんだか心が軽くなった。
俺は多分、コイツから逃げた。逃げて、逃げて。だから、駄目だったのかもしれない。そっと、自分を抱き締めると泡のように消えてしまった。
ちゃんと、俺の中に帰っていったのだろう。
「答えは、見つかった?」
「…うん、」
「そ。なら良かった。」
「…うん、」
「……ねぇ、一つ良いこと教えてあげるよ」
「え、いいこと?」
「うん、…実は、俺はね……」
いつものように五月蝿い目覚まし時計に起こされる。
気が付いた時には朝になっていた。昨日のは全て夢だったのだろうか。ただ、今日はなんだか心が軽い気がした。
目を閉じて、小さくお礼を言う。なんだかいつもより頑張れそうだ。
「実は、俺はね…明日からの、未来のキミなんだよ」
END.