Novel
□林檎
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「林檎はさ、なんで紅いんだと思う?」
級友がなんとも言えない愉しそうな顔で問いかけてきた。
林檎が何故紅いか、という内容だ。
「そりゃ、そういうもんだからだろ」
俺としては、紅くても蒼くてもどっちでもよかった。そのくらい、どうでもいい。なのに友人の鷺沼はチッチッチっと俺に向かって人差し指を小さく振り、馬鹿にするように言った。
「違うよ、藍澤。林檎はね、愛の証なんだ」
「愛の証?」
眉間に皺が寄っていくのがわかった。何を言っているのか理解出来ない。いや、コイツの言うことはいつもこんな感じか。
「そう、愛の証さ!!」
鷺沼を見れば上機嫌に説明を始めようとする。あぁ、これではもう、逃げられそうもない。俺は諦めて耳を傾けた。
「何故、愛の証かと言うとまずは形。丸いようで丸くない。そしてどこか歪だ。傷が沢山ついてるやつだってある」
「…ん、それで?」
適当に盛り上げる。
「そして、中に詰まった甘い蜜の部分と酸っぱさが残る実の部分!愛は甘いだけでは駄目ってことがわかるだろう?更に真ん中にある芯が重要だね。あそこは愛の強さ、貫く気持ちだ」
「成る程な」
鷺沼は一人で盛り上がっている。ま、そうさせたのは俺なんだけどな。そんな彼にふと、思ったことを言う。
「でも、愛の証なら何故中身は白いんだ?」
「え?」
鷺沼の顔が一瞬、固まった気がした。が、気にしない。
「いや、だって愛の証なら中身まで紅いトマトとかのがぴったりだと思わないか?」
最後まで聞いて鷺沼は成る程と言うように手を打ってから微笑みを浮かべる。多分、初め固まったのは演技だな。コイツにとってこの返しは想定内だったってことだろう。
「藍澤、トマトはすぐに崩れてしまうだろ?それもぐじゅぐじゅに。芯もない。林檎には負けるよ」
勝ち負けの問題なのか?まぁいい。でも、何故そこまで林檎にこだわるのだろう。
その答えはすぐに返ってきた。
「それに、林檎はアダムとイヴが食べた禁断の果実に近いと思うしね。更に言うと、林檎の紅は特別な色だと俺は思うんだ。キミもそうだろ?藍澤」
「そう言えば、そうかもしれない」
全く意味がわからないけれど。と心の中で付け足しながら席を立つ。もう、帰ろう。教室に長居はしたくない。バタバタと慌ただしい音が後ろで聞こえる。多分、鷺沼だろう。
「まてよ、藍澤。話はまだ終わってないよ」
まだ、終わってなかったのか。というのが率直な感想だった。
歩きながらも延々と話続ける鷺沼。何がそんなに面白いのだろう。魅力的なのだろうか。…あ、林檎か。
「あのな、藍澤。林檎は愛の証であるのと同時に友情のシンボルか何かであるとも俺は思うんだ」
「…シンボル?」
愛の証であり、友情のシンボルか。林檎も大したものだなと思う。今、鷺沼の中では林檎が世界の中心であっても可笑しくはない。それぐらい熱く語っている。
「…そう!シンボルさ!だから…、」
「?」
語っていたと思ったら急に立ち止まり、鞄の中をがさごそと探し始めた。なんとなくだが、何が出てくるかは予想がついた。おそらく、真っ赤で丸くて甘いやつだ。
「友人兼親友の藍澤にこれを渡そう!」
やっぱり。
鷺沼の手には林檎があった。それを俺に差し出してくる。貰わない理由は無い。俺も彼を友人であり、親友だと思っているから。
受け取ると、とても満足そうな顔をしてまた話し出した。今度は携帯電話の話らしい。林檎の紅い理由は結局よくわからないまま終わってしまった。
適当に相槌を打ちながら手の中の林檎を見詰める。
愛の証。友情のシンボル。
悪くないかも知れない。一口かじると甘い蜜の味とは程遠い酸っぱさだけが広がった。
END.