咲人の気紛れ

□香水
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見えるんだけど、見えないモノ

 大学一年生の私は街頭アンケートのバイトをすることにしました。遊ぶお金もなかったですし、楽そうなバイトだなって思っていたのですが。
 実際は痛いほど強い日差しが照りつける中でひたすら声をかけるものの無視されまくるという、肉体的にも精神的にもつらいものでした。

「すみません、アンケートにご協力していただけないでしょうか」
 また無視をされました。人はどうしてこんなに冷たいのでしょうか。悲しくなります。
 おまけに先ほど吹いた風によってずれたコンタクトのせいで目が痛く、あまり前が見えません。
 声をかける時も相手のことをよく見ないでほとんど手当たり次第です。

 日光の眩しさと目の痛みでほとんど目を閉じたまま、ぼんやりとした輪郭だけを追って声をかけます。正直に言えば仕事を放棄してでも、もう帰りたいほど気持ちは萎えていました。
「お時間をおかけしませんので、アンケートにご協力していただきたいのですが」
 少々やる気のなさが滲む私の声への返事よりも前に、ふわっと良い香りが来ました。花の匂いですが、強くはなく優しく鼻まで届きます。
「あら、暑い中でお仕事大変ね。すぐに終わるならいいわよ」
 身にまとう香りと同様に優しく、品のある女性がアンケートに答えてくれました。
 アンケート用紙に記入してもらっている間に私は気になって私事ながら声をかけます。
「とてもいい香りがするのですが、どんな香水を使ってらっしゃるのですか?」
「あら、嬉しいことを言ってくれるわね。カモミールの香りなの。これを嗅ぐと落ち着けるのよ」
 言われて初めて意識しましたが、確かに先ほどまで苛立っていた私の心はいくらかトーンダウンしていたようです。

 一、二分ほどで記入が終わり、お礼を言ってまた次の方に声をかけようとしたところで、先ほどの女性から声をかけられました。
「さっきの御嬢さん、もしよかったらこれをどうぞ。常連だからお店でもらったのよ」
 渡されたのは香水のミニボトルです。この贈り物がどれだけ嬉しかったでしょうか。
 お礼を述べた後、私は近くにいる同僚に気づかれぬように左手首にシュッと一吹きしました。
 すると、先ほどの女性と同じような香りが漂います。香りと同様に気持ちまで優しくなれる気がするから不思議です。

 目は相変わらず見えにくいですけれど、頑張れる気がしてきました。
「すみません、アンケートのご協力をお願いします」
 私は先ほどよりも一回り大きい声を発しました。

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