連載長編「紡がれていくもの」
□chapter 001
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ホテルのエントランスを出ると、穏やかな晩夏の夕暮れ。
遠くでヒグラシが鳴いている。
だいぶ涼しくなった風を受け、私は乱れた前髪を整え腕時計を確認した。
「宇津木隊長、今ちょうど『ひとななさんまる(17時半)』です。このまま基地に帰りますか?」
隣に歩くのは私の上官。
陸上自衛隊、第一師団 第一後方支援連隊 第二整備大隊中隊長。1等陸尉。
普段は雲の上のお方である。
ちなみに私は三曹になりたて、一般企業で言えばぺーぺーの平社員。
本日は、国際司法矯正学会なるものがあり、彼が学術論文を発表するということでお供を仰せつかった次第である。
宇津木隊長は近接格闘術の指導もしていて、教育期間中の戦闘訓練では、そらもう大変ハードに…ボッコボコにしごかれたものだ。
地元が同じという縁があり、また6年前に16歳という若齢で自衛隊に入った私を、親戚のおっさんのように生暖かい目で見守ってくれている。
外見はシュワちゃんみたいに大きくてごっつくて恐ろしいけれど、わりと面倒見が良く、そこそこ優しい。
「ん〜?そうだなぁ…。なんか食って帰るか」
「わ!いいんですか?」
「こういう機会でもないと、あんまり娑婆に出る事ないだろ、友永は」
「そうですねぇ。新米三曹はキツいですよ」
「誰もが通る道さ」
頑張れよと、頭をグリグリされる。
「私、もう子どもじゃありませんよ。」
「20代なんかまだまだガキだ。」
ナメンナヨー!と頭から宇津木隊長の手をどかそうとするが、まったく微動だしない。馬鹿力!と毒づいたところで隊長の携帯電話が鳴った。
「適当に駅前の店選んどけよ。寿司でも肉でもなんでもいいから」
「了解です。」
スッと手をどけて私にそう言いつけると立ち止まり、電話に出た。傍にいて聞く訳にもいかないから背を向けて距離を置く。
ついでに私も携帯を取り出し、『ぐるなび』でこの辺の居酒屋を探した。なるべく高級店…たかってやる。おっさん、ごち!
高級居酒屋を検索しているうちに、電話を終えたようで、後ろから隊長の声がした。
「…い……ら…!」
「?」
―― 不意に宇津木隊長の声が、膜でもかかったかのように遠く聞こえて私は後ろを振り向いた。
―― そこにあったのは漆黒の闇
「え…っ!宇津木隊長!?」
次の瞬間、間近で雷が落ちたような衝撃がおきて、足下のアスファルトが音を立てて崩れ落ちた。
私はものすごい力で闇の底に引きずり込まれた。
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まったく暖かみを感じさせない無機質な部屋。様々な機械がゴウンゴウンと、かすかな振動をたて作動している。
大きな窓ガラスと何やら操作盤らしき機材の前に、法衣のような厳かな着物を身にまとった老人と、
トカゲのような頭をした天人がひそひそと話し込んでいる。
窓ガラスの向こうには、ヘリやジェット機の整備場らしき施設があり大量の瓦礫が積んである。
「ブラックホールではなく、ワームホールが発生したということか。」
老人が眉間にしわを寄せつぶやいた。
「ええ、数秒で蒸発してしまいましたが、ワームホールからスペースデブリ(※宇宙ゴミ)らしきものが大量にでてきました。」
トカゲのような天人が窓の向こうに積まれた瓦礫を指差す。
「数秒…。エネルギー不足だったと?」
「一概には…言えません。まだまだ未知領域の事ですから。現状、この粒子加速器では規模が小さいのでしょう。」
「ふむ、難儀極まりないな…ふたつの高密度エネルギーを正面衝突させるだけでも危険だと言うのに」
瓦礫のある施設から、彼らのいる部屋に白衣を来た男が入ってきた。
「教祖。被検場の物体から生体反応が出ました。」
「なに?」
「行きましょう。」
扉を固定し、被検場に入り進んでいく。
つぶれた物体もあれば、そこそこ原型をとどめている物体もあり、どこかから落ちて来たかのように無秩序に積まれていた。
白衣の男が教祖と呼ばれた男を制し、足下を示す。
「お気をつけて、この辺りから生体反応が出て……地球人か?」
そこには、瓦礫に下半身を挟まれた人間らしきモノが倒れていた。
長い髪で顔が隠れているが、かろうじて女性だとわかった。
「見た目は地球人のようですが。随分、傷だらけですね。」
「全く動かないが、死んでるんじゃないか?」
「死亡していても、細胞が生きていれば検査は出来ますからとりあえず回収しましょう。」
白衣の男が倒れている人間の頸動脈に手を当てたそのとき、ドォンと轟音が響き悲鳴が聞こえた。
「なんだ。外が騒がしい…信者たちか?」
「もう消灯しているはずですが、おい、何を騒いでいる。」
開きっぱなしにしていたドアから、これまた白衣の男が飛び込んできた。
「教祖、お逃げください!真選組です!私たちが足止めしますから、おはやく!」
「ちっ!面倒なヤツらに嗅ぎつかれたな」
「ここは引きましょう、非常口へ!」
トカゲの天人は教祖をかばうように非常口へ促し、バタバタと姿を隠した。
残った白衣の男は、かすかに動く脈をとらえ、声をかけた。
「…まだ、生きてる。おい!」
「うっ…」
もう一人、真選組の襲来を告げにきた男と目を合わせ双方頷いた。
二人で瓦礫から引っ張りだそうと手を延ばした瞬間。
片方が、どこからか音もなく飛んで来た短刀に肩を貫かれ、ひっくり返った。
「うがぁあっ!」
「はいはい、逃がさねぇぜぃ。」
「し…真選組か」
ぐっさりと刺さった刃物を引き抜こうと起き上がった男は、傷ついた部分をブーツで踏みつけられ、再び倒れ込む。
あまりの痛さに絶叫して気を失った。
「うわあああああ! な、な、何をするんだ、キミ!」
「あん?」
取り乱し、慌てふためく男の襟首を捕まえ、引き寄せる。
「冥土の土産に覚えとけ。真選組、一番隊隊長の沖田でぃ」
抵抗する間もなく、鳩尾に激しい一撃をくらい失神した。
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