連載長編「紡がれていくもの」
□chapter 004
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自衛官は、いつ如何なる時、どんな過酷な状況下でも任務遂行できるよう体力錬成が義務づけられている。そのため、わりと普段から時間があれば筋トレや走り込みに勤しむ。
また、私のいた武器隊は後方支援部隊にも関わらず、上官がスーパー自衛官と名高い宇津木さんだったので、みんなして徒手格闘を挑んでフルボッコにされては、リベンジを誓い自主訓練に励んでいた。
そういうワケで、体力や回復力は一般的な女性のそれよりかなり上だ。
怪我の治りはお医者さんの見立てより随分はやく、屯所にきて4日目には動きまわっても問題ないほどに回復していた。
回復したらしたで運動不足を如実に感じて身体がムズムズする。
5日目、とにかく身体を動かしたくて早朝から目が覚めてしまった。
顔を洗ってサッパリしてから、いそいそと布団をたたみ部屋の隅に追いやり、鞄の中に入っていた予備のTシャツに着替えた。
手始めにゆーっくり柔軟をしてから、呼吸を整えて自衛隊体操に移る。
自衛隊体操 ― 何のひねりもないネーミングのとおり、自衛官が行うラジオ体操的運動である。
身体中のあらゆる筋肉を使い可動域限界まで動かすため、リハビリには最適だ。
イチニッイチニッと心の中でかけ声をかけながら少しずつ負荷をかけて動作を大きくしていく。
そのとき ――
「綾さん、どうしやした?ドタバタうるせ………………」
襖をスパーンと勢いよく開けた総悟くんが、私を見て驚愕の表情を浮かべる。
「………………」
「………………」
双方、フリーズ。
そりゃそうだろう、なにしろ私ときたら身体を大の字にして開脚ジャンプをしていたのだから。
しかも、迷彩柄のTシャツにショーツのみ(汗かくし、動きやすい服もってないし)というとんでもない格好。
「い…っ」
「!」
「いやぁ―!!…むががっ??」
大声をあげた瞬間、総悟くんに後ろから抱え込まれ口を塞がれて、情けないことにその場にへなへなと座り込んでしまった。
羞恥のあまり耳まで真っ赤になり、もはや涙目。
だめもう!今なら軽く恥死できる!!
「……〜〜〜〜っ」
「…綾さん、落ち着いて…大丈夫」
いち早く衝撃から立ち直った総悟くんが、私から離れて壁の衣紋掛けにかけていた着物を肩にかけて、襖をぴったり閉めてくれた。
私は震える手でたどたどしく足元を隠す。
総悟くんは向かいに腰を下ろして、私の頬をやさしく撫でた。
「はい、落ち着いてー。どうどうどう」
「……馬じゃないよ」
「わかってまさぁ…雰囲気、雰囲気」
「………」
彼がわりかし冷静でいてくれるので、私も少しずつ立ち直ってくる。
俯いていた顔をあげて様子をうかがうと、目があった瞬間、ホッとしたように微笑んでくれた。
寝癖が残る綺麗な栗色の髪を撫でると、もっと撫でろと言わんばかりに頭を押しけられる。
「ビックリしやした…」
「…ごめんなさい…」
「何してたんでぃ?」
「た…体操」
「体操?」
「怪我、もう治ったし。身体うごかしたかったから」
「はぁ……そういう事ですか。まったくアンタは。何事かと思いやしたぜ」
総悟くんは撫でていた私の頬をゆるくひっぱって清々しく破顔一笑した。
「ホント、ごめん。朝からうるさかったね」
「まぁ、俺としてはイイモノ見られたから問題ありやせん」
「おいコラ」
髪をひとふさ摘んでひっぱってやったら、負けじと両頬をひっぱられる。
「もぉ忘れて!ホント忘れて、お願いだから」
仕方ねぇなと苦笑しながらも総悟くんは頷いてくれた。
「あとで一緒に散歩しましょうか?」
「外に出てもいいの?」
「問題ありやせん、俺が一緒ならね。」
「行きたい!」
「じゃあ、散歩ついでに江戸の町、案内しやしょう。」
「うん!」
「そしたら、またあとで」と立ち上がって襖をあけた彼は、くるりと振り返って、なんともどす黒い笑みを浮かべた。
「引きこもったままじゃストレス溜まって、また奇行に走りかねねぇからなぁ」
「!?」
そう言い残して部屋を後にした。
奇行…奇行って!!
あぁもう!!やっぱ恥死!!
それからしばらく、恥ずかしさと腹立たしさのあまり1人でのたうち回った。ドSの洗礼きっついわ。
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