連載長編「紡がれていくもの」

□chapter 005
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夕食の後片付けがすんで女中の皆さんが引き上げたあと、私はひとり、食堂で火元やガスの元栓をチェックしていた。


近藤さんたちとのやり取りがあってから1週間 ――


私は女中仕事の補助をするようになり、一日最後の食堂点検を任せてもらえるようになった。

女中部屋は離れにあるけれど、私の部屋はこちらにあるから。

シフト制にはなっているものの、隊士たちの動向に合わせ、朝早くから夜遅くまで毎日身を粉にして働く彼女らには、休める時にちょっとでも多く休んでほしい。


最後に台拭きを除菌液にひたしていたら、ガタガタと物音がして後ろから声をかけられた。


「お、綾。ちょうどいいところに。」

「土方さん」

「悪いが茶ぁ入れてくれるか?」

「はい、まだお仕事ですか?」


もう23時なんだけれど。


「なかなかキリがつかねぇ…」


親指と人差し指で目頭を押さえて揉む仕草にデスクワーク中だとわかる。


「お疲れさまです。すぐお持ちしますね」

「おぅ、頼んだぞ」


用件だけ伝えすぐに戻っていく土方さんの後ろ姿は、いつもより若干覇気がなかった。

どこの世も中間管理職は大変なんだろう。早速お茶を入れて、副長室へ持っていき襖の前で声をかける。


「土方さん、友永です。お茶をお持ちしました」

「ん。入っていいぞ」


室内に入ると土方さんは書類の束と格闘していた。

空気清浄機がフル回転しているのに煙草の臭いがけっこうする。よっぽど疲れてるのかもしれない。

お茶と小さな白い粒を茶托にのせて文机の隅に差し出すと、湯のみに手を伸ばした彼はあからさまに眉をひそめた。


「何コレ?」

「ブドウ糖です。」


速攻で脳にエネルギー補給できるブドウ糖は、長時間のデスクワークにはもってこいだ。


「なんつー侘び寂びのねぇ差し入れだ…」

「集中して仕事する時には最適じゃないですか。実用的と仰ってください。」

「まぁ、そうなんだがな…。もうちょっと、こう………なんかねーのかよ、ブドウ糖って……ぶはっ…!」

「なんで笑うんですか!」

「くっくっく…悪ぃ悪ぃ、ホント飽きねぇなぁ…。」

「すみませんね、情緒に欠けて。今度はマヨ煎餅でもお持ちしますよ。」


なんだよ、侘び寂びのある差し入れって。マヨネーズでも持ってこいってか? フンだ。


「いや、おめーはそれでいいワ。」


そりゃあもう楽しそうにひとしきり笑ったあと、土方さんはブドウ糖を口の中に放り込んでしみじみと言った。


「なぁ綾…、そのままでいてくれよ。」

「…? はい」


……侘び寂びのない女でいろと? いいけどさ。そうやって笑ってくれるなら、ちょっとはストレス軽減に貢献できるのだろうから。


「土方さん。ここんとこ働き通しですよね。たまには息抜きしないと、いくら土方さんでもヒューマンエラー起こしますよ。」

「心配すんな、明日は休みだ。」

「あ、良かった…」


他人事ながらホッとしてしまう。この人は、真選組…近藤さんのためならとことん無理を押すし、無理が出来てしまうから目が離せない。


「どっか…行きてぇ所あるか?」

「え?」

「明日。非番だから綾の行きたいとこ、連れてってやるよ。」

「いいんですか?貴重なお休みなのに」

「たまにゃいいだろ」

「それじゃあ…」


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