連載長編「紡がれていくもの」

□chapter 009
1ページ/2ページ



夕方、万事屋で晩ごはんを勧められたけれど、遅くならないうちに(=晩ごはんに間に合うように)帰ると約束していたので丁重にお断りして屯所に帰る事にした。

「まだ足が痛いだろうから」と銀さんがスクーターで屯所の近くまで送ってくれる。


「今日はすみませんでした。いろいろご面倒ばかりかけてしまって」

「いいって事よ。そんな堅苦しい事言いっこナシで」

「ふふ、はい」


ヘルメットを銀さんに手渡すと、伺うように顔を覗き込まれた。


「綾ちゃん」

「はい」

「もう俺の事、怖くない?」

「!」


その目は相変わらず真意の見えない気の抜けたものだけれど、心なしか寂しそうだった。

銀さんは頭をポリポリかきながら言いにくそうにつぶやく。


「いや、なんつーか。綾ちゃんに初めて会った時もそうだったけど、今日も俺には気ぃ抜けない? みたいなカンジだったから」


初対面のときに感じた、油断できない緊張感…それは今日も感じた事だけれど


私はもうこの人はとてもやさしいと知っている。



「…はじめは少し怖かったけど、もう怖くないですよ」

「そぉ?」


銀さんを見て自然と笑みがこぼれた。


「はい、銀さんは怖くないです」


ふたりで少し照れつつ微笑みあう。




目が合った………と思ったら、銀さんに肩を引き寄せられ

次の瞬間、ぎゅっと抱きしめられていた。


着物からぬくもりが伝わってきたころ後頭部に手をまわされて、とっさに両手で銀さんの胸板を押し返したけれどビクともしない。


「あ、あ、あの!」

「ん?」

「なに、してるの…」

「綾ちゃん、だっこしてる」


耳元でそっと囁くように告げられて、鼓動が飛び跳ねる。

何をどうしたらいいやら軽くパニクっていたら、銀さんのぬくもりが一旦離れておでこがコツンと軽く重なった。


「あんがと、な」

「…? …??」

「いいよ、わかんなくて」


おでこを離して、最後に髪を撫でられる。

銀さんの目にはさっきの寂しさはみじんもなく、今までで一番穏やかでやさしいものだった。


「んじゃ、またな。オヤスミー」

「おや、おやすみ…なさい…」


銀さんの姿が見えなくなって、スクーターの音が聞こえなくなっても、私はそこから動く事が出来なかった。


.
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ