連載長編「紡がれていくもの」
□chapter 009
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夕方、万事屋で晩ごはんを勧められたけれど、遅くならないうちに(=晩ごはんに間に合うように)帰ると約束していたので丁重にお断りして屯所に帰る事にした。
「まだ足が痛いだろうから」と銀さんがスクーターで屯所の近くまで送ってくれる。
「今日はすみませんでした。いろいろご面倒ばかりかけてしまって」
「いいって事よ。そんな堅苦しい事言いっこナシで」
「ふふ、はい」
ヘルメットを銀さんに手渡すと、伺うように顔を覗き込まれた。
「綾ちゃん」
「はい」
「もう俺の事、怖くない?」
「!」
その目は相変わらず真意の見えない気の抜けたものだけれど、心なしか寂しそうだった。
銀さんは頭をポリポリかきながら言いにくそうにつぶやく。
「いや、なんつーか。綾ちゃんに初めて会った時もそうだったけど、今日も俺には気ぃ抜けない? みたいなカンジだったから」
初対面のときに感じた、油断できない緊張感…それは今日も感じた事だけれど
私はもうこの人はとてもやさしいと知っている。
「…はじめは少し怖かったけど、もう怖くないですよ」
「そぉ?」
銀さんを見て自然と笑みがこぼれた。
「はい、銀さんは怖くないです」
ふたりで少し照れつつ微笑みあう。
目が合った………と思ったら、銀さんに肩を引き寄せられ
次の瞬間、ぎゅっと抱きしめられていた。
着物からぬくもりが伝わってきたころ後頭部に手をまわされて、とっさに両手で銀さんの胸板を押し返したけれどビクともしない。
「あ、あ、あの!」
「ん?」
「なに、してるの…」
「綾ちゃん、だっこしてる」
耳元でそっと囁くように告げられて、鼓動が飛び跳ねる。
何をどうしたらいいやら軽くパニクっていたら、銀さんのぬくもりが一旦離れておでこがコツンと軽く重なった。
「あんがと、な」
「…? …??」
「いいよ、わかんなくて」
おでこを離して、最後に髪を撫でられる。
銀さんの目にはさっきの寂しさはみじんもなく、今までで一番穏やかでやさしいものだった。
「んじゃ、またな。オヤスミー」
「おや、おやすみ…なさい…」
銀さんの姿が見えなくなって、スクーターの音が聞こえなくなっても、私はそこから動く事が出来なかった。
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