連載長編「紡がれていくもの」
□chapter 010
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午後、屯所に届いた郵便物を仕分けして、それぞれ隊士さんの部屋に届ける。
だいたい一番多いのは土方さんで、いつも一番最後に持っていくようになっていた。
「土方さん、友永です。郵便物お持ちしました」
「おぉ、入れ」
「失礼します」
昨日の件があってから気にかかっていたのだけれど、なんやかんやと顔を合わせる機会がなく今に至る。
若干緊張しながら襖を開けると、いつもの隊服でタバコをふかしながら文机に向かい書類に目を通す土方さんがいた。
髪…総悟くんの言った通り、元通りに戻っているけれど。
「どうぞ」
「さんきゅ」
「治ってます…よ…ね? 髪」
「ん? あぁ…まーな」
なんで? 本当に戻ってるの? 実はヅラ? 等々…
いろいろと気になってしまい、つい目が土方さんの髪にいってしまう。
「…そんなに気になるなら、さわって確かめりゃいい」
「え?」
「おら」
土方さんがこちらに頭を突き出してきた。
「あの、じゃあ失礼して」
傍ににじり寄って、恐る恐るふれてみる。
あ、本当に治ってる。けっこう軟らかい髪質なんだな。
「治ってんだろ?」
「…はい」
「安心したか」
「はい、良かったですね」
無防備に髪をさわらせてくれる姿がなんだかかわいくて、つい出来心を抱いてしまった。
「あっ白髪…」
「げっ…マジでか?」
ガバッと顔を起こして真剣に聞かれてしまった。瞳孔がいつもより開いている。
「…冗談です」
「てめぇ…綾…」
みるみるうちに鬼の形相に変わる。
「や、あの! 土方さん、いつも若白髪ができんばかりに働きまくってるから。これでも心配…いだだだっ!!!」
問答無用とばかりに捕まって、ヘッドロックをかけられた。
土方さんの脇に、ガッチリ頭を抱えられたハズミで、髪がほどけ平玉かんざしが畳の彼方にとんでいってしまう。
「あ、かんざし」
「へぇ……おまえ、髪キレイなんだな」
「え?」
「青みがかった黒で、めちゃくちゃさわり心地いい」
「そ…ですか」
土方さんは、犬でも撫でるような優しい手つきで私の髪の梳いては撫でてを繰り返す。
「……あの」
「ん?」
「恥ずかしいんですけれど」
「そぉか?」
腕の力が少し緩んだので、自分の首を抜いたら、そのまま土方さんに寄りかかるような格好になってしまい、慌てて離れる。
……が
引き寄せられて、また土方さんの肩に寄りかかる形になってしまった。
びっくりして顔をあげると目が合って、土方さんはフッと口が歪めて微笑む。
「もうちょっと、な」
「えぇ〜…」
「んだよ、何か文句あんのか。コラ」
「……」
いや、文句とかそういうことじゃなくて。
何、この人。
男の人なのに、崩した表情がすごく艶めいていて…
なんで……
いつもは土方さんのそばにいると落ち着くのに、変にドギマギと緊張してきた。
ピピピピピ…
「!?」
電子音が部屋に鳴り響き、びっくりする私を尻目に土方さんは懐から携帯電話を取り出して音をとめた。
「…残念。時間切れ」
「?」
「見回りの時間だ」
びっくりした…携帯電話のアラームか。
姿勢を正して乱れた髪を治していたら、土方さんが飛んでいったかんざしを取ってきてくれた。
それを私の手に乗せついでに、頭の上をゲンコツでグリグリされる。
「痛たた…ハゲる、ハゲる」
「いたずらもほどほどにしろよ」
「ハイ。以後、気をつけます…」
「よし」
髪をきっちり結い直して立ち上がると、土方さんが襖を開けて待っていてくれる。
ふたりで玄関に向かう途中、女中頭の佐藤さんに声をかけられた。
「あ、綾ちゃん」
「佐藤さん」
「もう郵便物配り終わった?」
「はい!」
「そしたら、夕飯の下ごしらえ始めようか」
「はい、いつもより早いですね」
「今日は“酉の市”に行くからね」
「ああ、もうそんな時期か」
煙草にをつけながら土方さんが会話に入ってきた。
「トリノイチ?」
「知らねぇか?」
「はい」
「冬の風物詩よ。一年の無事を感謝して来年の幸を願う祭礼」
毎年、女中さんが縁起熊手を買いに行くらしい。
「綾ちゃんも一緒に行こうねぇ」
いいですか? と土方さんを見上げると土方さんも私を覗き込んでいた。
「おまえ、足はもう平気か?」
「はい、今日も一応絆創膏貼ってますし」
「外に出るのはいいが、あんまガンガン歩くなよ」
「……はい」
総悟くんと同じ事言ってる。
この人たちに私はどんなふうに見えてるんだ。
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