連載長編「紡がれていくもの」
□chapter 011
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その一報が真選組屯所に届いたのは、正午すぎの事だった。
私は食堂でポットのお茶を取り替えていて、すぐそばでは近藤さんがご飯を食べていた。
朝晩めっきり寒くなったよねぇ、お鍋の時期ですね、なんてほのぼのと話していたとき
緊急の無線がその空気を引き裂いた。
『こちら十番隊! 通信指令部より緊急連絡あり!』
「緊急? 何だ…」
『 江戸城外郭付近にて不発弾発見との事!! 至急爆弾処理班出動願う!』
「不発弾…っ!?」
食堂にいた隊士達が一斉に立ち上がる。
「局長!」
「今、見回りに出ている隊士達を至急現場に向かわせろ!」
「はい!」
「待機班!すぐに周辺住民を避難させろ! 同心組と協力して交通規制をはれ!」
「はっ!!」
俄に緊張が走る食堂内に、山崎さんが滑り込んできた。
「山崎! 不発弾の詳細は!?」
「攘夷戦争時代の遺物です。江戸城外郭、虎ノ門近くでビルの工事中に発見されました。おそらく戊威族のものかと」
「…天守閣を吹き飛ばした兵器と同じものなのか?」
「形状や発見場所からの推測なので可能性の域をでませんが…」
「…もしそうなら、爆弾処理班では対応しきれんぞ…」
「局長! 松平長官から連絡です」
「すぐに行く! 山崎! 引き続き情報収集にあたれ!」
「はい!」
近藤さんも山崎さんも見る間に、眼光が鋭いものへと変化し顔つきまでいつもと全く違う。
スイッチが切り替わるが如く見事なまでの変化だった。
皆が各隊長の指示に従いきびきびと動き出し回りはじめた歯車の中で、私は動くことができなかった。
「綾ちゃん」
「あ…はい」
「落ち着かないだろうけど、今はここにいて。いいね?」
諭すように山崎さんが私の肩に手をおいた。
「山崎さん…」
聡い彼にはわかっているんだろう、
私が、力になりたいって考えてるって。
―下手に動くわけにはいかない。
ここでは私は異分子で
たとえ些細な動きでも一石を投じてしまえば、波紋は広がっていく。
広がってしまえば、もう投じた本人の手には負えない。
――……
けれど、知らん顔することが“人としての在り方”だろうか?
保身のためなら、何十…いや何百人もの人が犠牲になっても構わないと?
――……
――……
そんなバカなことがあってたまるか
「私、見過ごせない…」
「君の技術はここにはないはずのものなんだ」
「でも!」
「綾ちゃん!」
驚く程強い力で腕を引っ張られ顔をあげると、見た事もない真剣な面持ちで山崎さんが私を見ていた。
わかってる。
わかってるよ…。
でも、ここで動かなきゃ一生後悔しちゃうんだよ。
「……“知られていない”と“実際に無い”は違いますよね」
「!!」
いいの?と山崎さんの目が問う。
私は頷いた。
「……わかった。局長のところへ連れていくよ」
「山崎さん、ありがとう…」
「気持ち、わかっちゃうからな。俺が君でもきっと同じことしてる」
表情は固いままだけれど、山崎さんはフッと微笑んで私の背中をポンと叩いた。
執務室へ向かいながら、山崎さんは携帯で情報のやりとりを続けている。
執務室には近藤さんの他、何人か隊長格の人が揃っていた。入室した山崎さんに気がついた近藤さんは、山崎さんの隣にいる私をみて顔をしかめた。
「山崎、どうして綾ちゃんをここに」
「綾ちゃんに……。いえ、友永さんに在野の技術者として不発弾処理に協力していただきましょう」
「!」
「おい、何言ってんだ。ザキ…」
「綾ちゃんは民間人だぞ」
ざわめく室内に一歩進んで、私は頭を下げた。
「私が、協力を申し出ました。不発弾の無害化、心得ています」
「しかし、君は…」
近藤さんがあからさまに言いよどむ。
「近藤さん、お願いします。協力させてください!」
「局長、俺からもお願いします。ここは事態の収束を優先すべきです。責任は俺が取ります。どうか!」
「山崎さん…」
山崎さんも私の隣で、深々と頭を下げてくれた。
頭上から近藤さんの深いため息が聞こえた。
「ふたりとも、頭を上げてくれ。本来なら俺が頭を下げて綾ちゃんに協力要請をすべきなんだ」
「近藤さん…」
「局長!」
「山崎、すべての責任は俺がとる。それが俺に課せられている責務だ」
「…きょくちょお…」
「綾ちゃん…。正直、助かるよ。途方に暮れていた」
近藤さんが苦笑いして私の頭を撫でた。
「皆、聞いたな! 真選組局長として、在野の技術者である綾ちゃんに不発弾処理の協力要請をした。援護してくれ」
「「「「「はい!!」」」」
「……よし、行こう! 山崎、綾ちゃんに予備の隊服を用意してやってくれ。着物じゃ動きにくいだろう。」
「はい!」
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