連載長編「紡がれていくもの」

□chapter 012
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私と銀さんは大江戸警察の保有するヘリに乗り、江戸湾海上にいた。

同乗している保科さんが、私と銀さんに向けてスケッチブックを掲げた。


<航行禁止区域は?>


その下に油性ペンで書き込む。


<爆破地点の半径600mが目処です>


不発弾は爆薬を括りつけ処理地点へ搬送し、すでに海中。

遠隔操作で爆発させるのみの段階に入っていた。


<ではここから作業に移る>

<了解>


なぜ筆談しているかというと、今乗っているヘリは、民間のヘリと違い機能性重視のため飛行音やプロペラ音が半端無く、大声を出しても聞こえづらい。

聞き間違いを防ぎ、円滑に意志疎通できるようにとの配慮だ。

それにしてもうるさい。


「5秒前! 4! 3!……」


カウントのあと、海面がせり上がり大きな水柱があがった。


ドドォン…


続いて、鈍い地響きのような爆発音があたり一帯にこだまし、衝撃でヘリが大きく揺らいだ。


「うわっ」


片膝を立てた姿勢だった私は踏ん張りきれずに前によろけてしまった。

すかさず銀さんが引っ張ってくれたけれど、ヘリの揺らぎが収まらず二人して尻餅をつく。


<おっとぉ>

<友永殿、大丈夫ですか? だいぶお疲れとお見受けしますが>

<だいじょうぶです。すみません 体勢が安定してなかったので>

<ずっと気ぃ張ってたもんな よっかかっていいぞ>

<多謝>


さすがに気力体力限界に近づいていた私は、申し訳ないけれど銀さんの肩を借りて海上を目視した。

あの爆発から鑑みて括りつけた爆薬だけが爆発したとは考えにくい。おそらく処理は成功だろう。


操縦席でレーダーを確認していた与力がその場からスケッチブックをひらひらと揺らした。


<爆破処理、確認。成功です>


一瞬の緊張のあと、その場にいた全員が安堵のため息をもらした。

保科さんが心底ホッとした表情でスケッチブックをこちらに見せる。


<これでひと安心ですな>

<はい>

<さて、長居は無用。帰るぞ>

<了解>


ヘリは大きく旋回して港へ向かった。




<友永殿、こあらのまぁちがありますよ、いかがですか>

<わ、すみません。いただきます>

<ちょうど腹へってたんだ。保科さん、さんきゅう>

<いえいえ>


保科さんがどこから出してきたお菓子を銀さんといただく。疲れた身体に糖分が染み渡ってとてもおいしい。


「……」

「……」

<お口に合いますかな>

<おいしいですね、いちご味>

<それは良かった>

<あと5分程で港に着きます。どうぞ楽にしててください>

<はーい ×2>


保科さんが操縦席のほうへ移動するのを確認した銀さんが、ちょいちょいと私の肩をつつく。


<ずいぶん態度が軟化したなー。初対面とエラい違いじゃね>

<銀さんのおかげですよ。いてくれなかったら今頃どうなってたか…>


なんだかんだ憎まれ口をたたいても、人好きのする銀さんがいてくれたおかげだろう。

ヘリに乗り込む前など、ウィザードリィ世代がどうとかジャンプがどうとか言って談笑するほど打ち解けていた。

彼がいてくれなかったら私は途方にくれていたに違いない。

そのくらいこの人のまとう空気はやわらかくてしなやかだ。


<ま、それだけじゃ無いと思うけどな>

<?>

<綾ちゃんの不発弾処理の説明。堂に入っててかっこよかったぜ、アレで一気に信頼度UPしたな>

<恐れ入ります>


よしよしと頭を撫でられて、つい顔を伏せてしまった。

カッコいいなんて誉められる事も、“殿”なんて敬称つけて呼ばれるのも初めてで照れてしまったのだ。


<着陸しますよ>


ヘリはすでに港のヘリポート上空にいて、ゆっくりと着陸した。

風圧でヘリを中心に砂埃が立ち上るなか、降りていく。


<うぉー、まだ揺れてる感じすんなぁ>

<銀さん>

<ん?どした?>

<いつまで筆談?>

「…も、いらねぇか」

「ですね」


「けっこうクセになるね」と苦笑していたら、保科さんが胸元にスケッチブックを持ってこちらに来た。


<友永殿、坂田殿>

「ぶっ」

「ぎ、坂田さん!」


銀さんが私の書いた<いつまで筆談?>を保科さんに見せると、保科さんは面白いほど真っ赤になって「いやはや…」と頭をかきゴホンと咳払いする。


「今回の一連の不発弾処理、貴殿らの協力なしには成功しなかった。改めてお礼申し上げる」

「こちらこそ。市井の者として、治安維持に貢献でき嬉しい限りです」


銀さんと保科さんががっしりと握手を交わす。保科さんが私にも手を差し出してくれた。


「誰も傷つくこと無く済んで、本当に良かったです」

「友永殿……貴方は失う痛みをよく知っていらっしゃる、その若さで…さぞお辛かったでしょう」

「……」




「もうすっかり暗くなりましたな、お送りしよう」

「それには及ばねぇ」


低く鋭い声に振り返ると土方さんと近藤さんがすぐ後ろにいた。


「遅くなって悪かったな、迎えにきた」

「土方さん」


煙草をひと息吸ってから携帯灰皿に入れた土方さんは、手に持っていたマフラーを私の首に巻いてくれた。

煙草の匂いと温もりに包まれてホッとする。


「やーっときやがったよ」

「うるせぇ、黙りやがれ」


土方さんと銀さんは顔を突き合わせたとたん、心底嫌そうにメンチ切り合っている。

なんでそんな仲悪いんだ。


「綾ちゃん、お待たせ」

「近藤さん」


「おお、近藤局長。久しぶりですな」

「お久しぶりです、保科さん。彼女らが世話になりました」

「いえいえ、世話になったのはこちらですぞ」


近藤さんと保科さん達は相互に敬礼して雑談を始めた。






「近藤さん。こんなクソ寒いとこで立ち話はよそうぜ」

「おぅ、トシ」

「副長殿」

「ご無沙汰しております。保科殿」

「おお、そうだ。今度、貴殿も友永殿と一緒に与力組屋敷にくるといい」

「組屋敷へ?」

「久々に兵法討論でも致しましょうぞ。貴殿の話は面白い」

「恐れ入ります」

「ではそろそろ失礼しよう。友永殿、今日はゆっくりお休みなされよ」

「はい、保科さんも」


他の与力達の方へ立ち去る保科さんに手を振って見送る。


「おまえ、すげぇな」


土方さんが心底感心したように私を見下ろしていた。


「?」

「あの保科がすっかり懐柔されてんじゃねえか」

「懐柔って…」


他に言い方ないのか、土方よ。


「まぁ、俺と綾ちゃんにかかればこんなもんよ」


銀さんがにやにやと人の悪い笑みを浮かべて私の肩を抱き寄せた。


「んだよ、テメ。まだいやがったのか」

「あんだとコラ」


土方さんが、私の肩に乗っている銀さんの手をひっぺがして銀さんのネクタイを引っ張る。


「似合ってねーんだよ、ネクタイがぁ」

「オメーに言われたくねー」

「もーそこ! 喧嘩しない! 置いて帰っちゃうぞ」


近藤さんが間に入って仲裁するけれど、土方さんと銀さんは相変わらず睨み合っている。

ホント仲悪いな。



仕切り直すように近藤さんがパンと手をならした。


「さて、俺らも帰ろうか。皆が待ってる」

「はい!」



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