連載長編「紡がれていくもの」

□chapter 013
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― 昼前

昨日の夜半から降り始めた雪がまだちらついている。


さすがに明るくなってまでゴロゴロする気にはならず、着替えて部屋でのんびりしていたら、襖の向こうから山崎さんの穏やかな声がした。


「綾ちゃん、起きてる?」

「はい、起きてますよ。どうぞ」

「失礼。あ、沖田隊長もいらしたんですね」

「寝てるけどね」

「ZZZ…」


総悟くんは一度着替えに自室に戻ったけれどまたすぐにこっちにきて、今は目の描かれたフザけたアイマスクをして惰眠をむさぼっている。

昨日はあまり眠れなかったらしい。 ごめん、自分でもいつ寝たかわからないくらい眠かったんだ。


襖を開けた山崎さんはスッと大きな壷みたいな陶器を持ち込んだ。


「これは?」

「火鉢、風流でいいでしょ。この部屋、ヒーター入ってないからさ。暖房器具あった方がいいと思って」

「ありがとうございます。嬉しいな」


山崎さんはテキパキと火鉢のセッティングをして網を乗せた。

手をかざすとたき火のように皮膚の表面からじりじりと熱が伝わってきた。


「網は何に使うの?」

「これで餅を焼こうと思ってさ」

「おぉ…」


炭がオキなったのを確認してから角餅を並べて焼き始める。

しばらくすると、網の上に乗せたお餅がぷく~っと膨らんだ。


「はい、食べ頃」


山崎さんが醤油を塗ってのりを巻いた焼きたてのお餅を皿にのせてくれた。


「いただきます。アチチッ…。うん、おいし」

「ほかにも胡桃みそとかきな粉あるからね」

「準備万端ですねー」

「俺にもよこせぃ」


お餅の焼ける香ばしい匂いに誘われて、総悟くんがのそのそと起きだして火鉢の傍にどっかりと座った。


「よく寝てたね」

「おかげさまで」


総悟くんは頭をボリボリかきながら、山崎さんから渡されたお皿にのった磯辺焼き風のお餅を素手で口に運んでみよーんとのばした。


「んま」

「おいしいねー」


ほかにもお餅にチーズをのせてベーコンで巻いたり、くるみ味噌をのせたり堪能していたら土方さんがやってきた。


「うまそーなもん食ってるな」

「副長もどうぞ」

「おぅ」


土方さんは懐からマヨネーズを取り出すと、躊躇無くお皿いっぱいマヨビームする。もはや誰も突っ込まない日常風景である。


「綾」

「はい」

「明日、昼過ぎに俺らの上役が屯所に来る。不発弾処理の件でおまえに話があるそうだ」

「上役と言うと?」

「警察庁長官」

「どうして、警察のトップがわざわざいらっしゃるんですか?」

「今回はイレギュラーだ。不発弾処理の件でな」

「……」

「そんな顔すんな。俺も同席すっから心配いらねぇ」


そう言って私の頭にポンポンと手をのせて、空になった皿を手渡すとさっさと出て行ってしまった。


「……」


心配ないって言われてもなぁ…。長官と面談なんて穏やかではない。

天下り系の使えないオッサンだったら嫌だし、世間知らずのキャリアも言語が通じなそうで御免だ。


直属の上官の命令には言わずもがな絶対服従だけれど、コロコロ変わる最高司令官(内閣総理大臣)の言う事なんか「知った事かよ」と思ってしまう私は、権力者というモノにあまり良い印象を持たない。

叩き上げには敬意を払うが、ポッと出のアホにはどうしても辛辣になってしまう。

我ながら偏見とひねくれの塊だ。


憂鬱な気分になってつい箸をとめて考え込んでいたら、目の前にズイッと香ばしいくるみ味噌がのったお餅をつきだされた。


「大丈夫ですよ」

「総悟くん」

「ちょっと変わった親爺ですが、女と愛玩動物にはやさしいんで」


愛玩って表現ヤメロ…。


まぁ…でも…。


総悟くんがこう言うのであれば、少なくとも仕事の上では信用していいのかもしれない。

彼も救いようのないアホには辛辣だろうからな。


ちょっと焦げたくるみ味噌が最高に美味しいお餅をしっかり味わいつつ、明日の面談に思いをめぐらせた。



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