短編小説
□精霊流し
1ページ/2ページ
つい先日、総悟くんと散歩中に通り掛かった呉服屋さんで見かけた水玉繋ぎの着物。
ひとめで気にいったそれを、今日初めておろした。
髪をひとつに結いあげ、唇に紅をさし、カラコロと下駄を鳴らして、屯所を出ていく。
河川敷にたどり着く頃、ちょうど誰そ彼時になった。
たそがれどき ― 彼岸と此岸の境界線があいまいになるという。
夏の日暮れは怖いくらいきれい。
河川敷を転ばないようにゆっくりとおりていくと、すでに何人もの人が各々準備をしていた。
水際まで行って腰をおろす。
用意しておいた、蓮の葉で作ったゴザに両親の好きだった小さめのヒマワリを乗せた。
それからお線香とマッチをとりだす。
日が落ちて少し強くなった風のせいで、なかなか火をつけられずに難儀していたら、
横からすんなりとした大きな手がのびてきて、私の手を囲った。
驚いて、顔をあげると
目の前には栗色の綺麗な髪。
「…総悟くん…」
マッチの火に照らされた総悟くんの表情は、あからさまに不機嫌でブスッとしていた。
…黙って出てきちゃったからな。
「風避けになりますから、今のうちに火ぃつけなせぃ」
「うん…ありがとう」
総悟くんが風上にきてくれたおかげで、ようやく線香に火がともり、独特の匂いがたちのぼった。
静かに線香をゴザにおき、バランスを確認してそっと川に浮かべた。
ゆるゆると流れ、光の群れにまじっていく精霊船を見届けてから
私は目を閉じ、手を合わせた。
^^^^^^^^^^
お父さん、お母さん。
お墓参りに行けなくてごめんね。
過去に『もしも』を持ち込むなんてばかげているけど、やっぱり考えちゃうんだよ。
もう少し…、もう少しだけ。
貴方たちと一緒にいたかった。
貴方たちとの思い出が残る場所にいたかった。
そう思えるくらい、貴方達と過ごした日々は幸せだったよ。
ありがとうね。
どうか、安心して。
元気に過ごしているから。
^^^^^^^^^^
たくさんの精霊船が小さな光りを灯し流れていく様子は、本当に彼岸まで続いているのでは…と錯覚するくらい幻想的だった。
「今日ね、両親の月命日で」
「…そうでしたか…」
「今年は十三回忌だったから、ちゃんと供養したかったんだけど。」
「そらぁ、無理な話ですねぃ」
「うん。だから、せめて精霊流しだけでもと思ってさ。」
総悟くんを見あげると、まだ表情はかたいけれど、もうぶーたれてはいなくて、いつものやさしい瞳に戻っていた。
「こういうのって、生きてる人間…残された側のために用意されたものだって最近思うようになって。
気持ちに折り合いつけるための作法というか。これで、やっとひとくぎり。」
「面白れぇ解釈ですねぃ」
「そう?」
「へい。そんな…考え方も、あるんだなと感心したところで。」
「人それぞれでしょう」
「違いねぇや…」
ふたりで並んで川面をみつめる。
「どれ。俺もご両親をお見送りさせてくだせぃ。こっちであんたらの娘さんを守りますってね。」
「ふふ、頼もしい。」
「そうでしょ、そうでしょ。」
「よく、ここにいるってわかったね?」
目をつむって手を合わせている総悟くんに問いかけた。
「…名前さん、昨日からソワソワしてたから。あの着物、着て行っちまうし…」
「気になった?」
「ま、そんなとこかね」
「ごめんね、黙って出てって。自分の中でケジメみたいなものだったから」
「…名前さん」
「ん?」
「…もとの世界に未練はないんですかぃ?」
「ある。」
「即答かい」
「うん。こっちで生きていくって決めたけれど、思い出すたび、胸がつぶれるような気持ちになるんだ」
「…」
「でも、向こうに戻れたとしても、こっちの世界を想って泣くのよ」
「…」
「私には、もうどっちも愛すべき世界だなぁ」
「…ふぅん」
総悟くんがよっこらしょっと立ち上がった。
振り返って、私の両手を引いて立ち上がらせてくれる。
両手が離れたと思ったら、そのまま抱きしめられた。
「そんならもう手加減しませんぜ。」
「…今までしてたの!?」
「あたりまえでぃ」
「えぇぇ……」
「はは!大切にします。アンタがいれば、未来が信じられそうだ。」
「…」
どんな想いで、それを口にしてくれたかわかって、つい涙ぐんだら
「鼻にツーンときましたか?」
その口でからかう。
鼻にきたよ、チキショウ。泣きそうだよ。
「お黙りよ」
顔を見られたくなくて俯いていると
「名前さん、名前さん」
と呼ぶので、にらみつけてやるつもりで顔をあげた。
「!?」
ものすごく真剣な表情をした美少年は「カトチャンペ」をしていた。
「ぶはっ!?なによもぉー!」
「思いやりでさぁ」
「あはははは!ありがと!受け取ったよ、総悟くんの思いやり!」
笑いすぎてせっかくこらえた涙がこぼれてしまったけれど、笑顔の私を見た総悟くんはとても満足そうに頬を緩めた。
「…肌寒くなってきたね。もっとぎゅってして。」
「任せなせぃ。もう勘弁してくれって泣き出しても離しませんぜ」
「ふふ。何それ、ステキだね」
いつのまにか、夜の帳はおりていて、
あたりを照らす光は、川をゆらゆらとおりてゆく精霊船の灯火と夜空のお月様だけ。
私たちは寄り添ってそれを見つめ続けた。
END
※ オマケ ※
「もっかいカトチャンペやって!」
「いやでぃ」
「お願い!ダーリン!」
「………ぺ」
.