連載長編「紡がれていくもの」

□chapter 001
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誰かに呼びかけられた気がして、鋭い痛みが全身を走り意識が浮上した。

すぐ近くで、争うような声が聞こえる。

危険を感じ、身を隠そうとしたけれど、重いものに挟まれているようで下半身が全く動かせなかった。

左足首からは生暖かい液体がドクドクと流れているのに気づいた。

あー…けっこう深く切れてるな。てか、体中ボロボロじゃないか…


「おい、アンタ」


男が呼びかけてきたようで、声の主を捜す。男は跪いて私の顔に落ちた髪や粉塵を丁寧に払い目線を合わせてくれた。
目がかすんで良く見えないが、案外若く綺麗な顔をしている。


「意識は?あったら合図してくれ」


軽く首肯して彼に応え、かすれた声を絞り出す。


「少し…ぼーっとして」

「自分の名前はわかるか?」

「…友永…綾です。」


彼は私を安心させるように、優しく微笑み、下半身が挟まれている瓦礫を見た。


「隈無、そっち持て!」
「はい!」


ガタタッ!ドスッッ!

せいの!の掛け声とともに、フッと足下が軽くなって、身体が少し楽になった。


「足首を少しやられてるけど、他は大丈夫だな。ちょいと失礼、止血するぜ」


首に巻いていたスカーフを外すと彼は幹部を圧迫して止血しだした。
足首の応急処置をしおえた男はゆっくりと私を抱き起こし、乱れた服を整えてくれる。

なんとか自力で上半身を支えて起き上がると、彼は私から手を離し、黒い手帳を取り出してこちらに見せた。
顔写真と身分…警察手帳だった。


「武装…警察?…ってSATの事?」


SAT…日本警察の特殊部隊。重大テロ事件や刑事部だけでは対処出来ない凶悪事件に出動する。
彼らが動く…ということは、とんでもない事に巻き込まれたのかもしれない。


「なんでぃ、SATってなぁ。俺たちは真選組だぜぃ」

「…え?」


そこで私は、傍らに座っている彼の腰にあるものを見て絶句する。日本刀らしきもの…いや、日本刀だろう。鞘とか鍔とかあるし。


「おいおい、アンタ大丈夫か?」


もう一度、彼の警察手帳をガン見する。うん、確かに書いてある。


「…真選組…?」

「へい、真選組の沖田といいやす。」
「沖田…さん…?」

「こっちは隈無、同じく警察な。」


隈無と指差された彼が、そっと目で挨拶してくれた。ちょっと待って、なんか聞いた事ある。シンセングミって。

私の動揺を尻目に、沖田さんは警察手帳を懐にしまうと、先ほどより若干鋭い視線を投げ掛けてきた。


「アンタ、武留宇巣(ぶるうす)教の信者ですかぃ?」

「ぶる? …いえ、何ですか?それ」


訝しげに聞き返すと、沖田さんはフッと穏やかな笑顔になった。


「や…一応を言質をとっただけでさぁ。この建物、武留宇巣教って宗教団体の持ち物でね。でもあんた、奴らとはあからさまに毛色が違わぁな。」

「はぁ…」


変な名前の宗教…。なんで私そんな胡散臭いとこにいるんだろう?
や、それよりシンセングミ…なんだっけ?ガッコで世界史選択してたけど、でてきたっけ?


「訳が解らないってツラですねぃ。どうしてこんな場所に?」

「いろいろ…わかりません…。学会の帰りに、上官と駅に向かって歩いていたはずなんですが…ここ、屋内…ですよね」

「拉致の可能性、有り…ですかね?」

沖田さんの後ろに控えていた隈無さんが心配げにつぶやいた。

「ああ、だがそれにしちゃこの状況は不自然だ。現場検証を急げ」

「はい!」


それから彼らは、ぼそぼそと言葉を交わし、隈無さんが一礼して立ち去った。その大きな後ろ姿に一瞬、隊長の背が被った。


「宇津木隊長!?」

「あ、おい!」


思わず立ち上がろうとして、全身の痛みに膝をついてしまう。それでもなお立ち上がろうとした私を沖田さんが制した。


「離してください!」

「落ちつきなせぃ」

「でも!隊長…宇津木さんが!」

「隊長がどうした?」


強引にその場に抑えられて、私は苛立ちを沖田さんに向けた。


「私と!私と一緒に大柄な男の人、いませんでしたか!?」

「いや、ここにいたのは白衣の男ふたりとアンタだけでさぁ」


沖田さんにしがみつきながらあたりを見渡すが、それらしい気配はない。
ここにいるのは私だけか…無事なんだろうか?

…いや、私が無事で隊長が無事でないはずはない。

きっと大丈夫。大丈夫。

何度も自分に言い聞かせ、深く息をつき荒ぶる気を抑えた。


「…大丈夫か?」

「……はい。すみません、失礼しました」

「ウツギ隊長ってな、アンタと一緒にいたっつー上官か?」

「ええ…でも、ここにはいないみたい…」

「そうか…」


私はよほど情けない顔をしていたのだろう。
沖田さんは眉をひそめ、考えるそぶりをみせてから、切り替えるように私の背中を軽くたたいた。


「とりあえず、今からアンタを病院に運ぶから、手当を受けてくれるか」

「はい…」

「そんで手当が済んだらちょっとばかし、話を聞かせてくれませんかね。」


頷くと、彼は上着を脱いで私の肩にかけた。そういえばさっきから震えが止まらない。出血のせいか、酷く寒かった。


「無理に喋らせちまいましたね。ひでぇ顔色だ、休んでくだせぇ」

「上着…汚れますよ」

「気にしなさんな。洗えばいいこった」

「ありがとう…」


何だろう。凄く違和感があるのに、その正体がわからない。

考えるのが…怖くて、私はこの状況から目を背けるように意識を手放した。

沖田さんの服越しに、かすかなぬくもりを感じながら…


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