連載長編「紡がれていくもの」

□chapter 002
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そこでまた黙り込んでしまった私に、近藤さんが穏やかに話しかける。


「綾ちゃん、君をしばらく我々真選組で預かりたい。」

「え?」

唐突な近藤さんの申し出に、土方さんが補足してくれる。


「今回の事件の首謀者がまだ捕まってねーんだ。念のため、警護したい」

「でも…私、不本意ですが不法入国者というか、身元不明者ですし!」

「今回の事件じゃアンタは被害者だ。それに不可解なことが多い事件でな。まだアンタの安全確認もできてないんだ」


それは首謀者に顔を見られている可能性有り…ということか。


「何も解らない場所で、いきなり放り出されたって途方に暮れるだろ?困った時はお互い様ってね」

「……近藤さん」


「決めるのは綾ちゃんだけれど、どうかな。俺らじゃ心もとないかな?」

「いえ…すごく…ありがたいです。」

「…よかった」

「あのあの!改めて、助けて下さってありがとうございました。どうぞよろしくお願いします。」


おぼつかない動作だが、きちんと座して頭を下げた。


「やー。改まってお礼言われると照れちゃうね。こちらこそ、よろしく」

「よろしくな。」

「よろしく頼みまさぁ」


頭を上げたところで、土方さんと目が合った。

「あんた、腹へってねえか。昨日から何も食ってねーだろ」

「そうですね。減ってます」


間髪入れずに即答すると、3人は少し驚いたあと安心したように笑った。


「正直ですねぃ」

「ぷっ。すぐ用意する」


笑ったなーと睨むと、彼らはさらに笑った。ほっとけ、コンチクショー。
腹がへっては戦はできぬ。マトモに思考もできないんです!


「食欲があるなら安心だ。この部屋は君の部屋だから今日はゆっくり寛いでくれ」


近藤さんと土方さんは各々立ち上がり出ていった。パタンと襖が閉じて、足音が遠のいていく。

ひとり残った沖田さんと目があった。つい二人で微笑み合う。


「沖田さん」

「へい」

「ありがとうございます。」

「礼なら、俺の事は総悟って呼んでくだせぃ。…俺のが年下だし。こそばゆくっていけねぇや」

「総悟…くん」

「お、いいですねぃ。それ」

「そう?じゃあこれからは総悟くんって呼ぶ」


ちょっと気恥ずかしいけれど。彼は満足そうに笑ってから、また来ますと言って部屋から出て行った。


一人残されて、私はゆっくり目を閉じる。

畳のにおい。日の光。
かすかに残る身体の痛み。


ああ、これは現実だ。


落ち着こうとすればするほど、余計にグルグルとあれこれ考えてしまう。

だってワケがわからない。
ここはどこなの?
なんで私はたったひとりで、見知らぬ場所にいるの?
帰りたい。
早く帰ってみんなに会いたい。
怪我のせいか、随分気が弱くなっている。

なんだか、力が抜けて不意にぽろぽろと涙が出てきた。


「…っ」


嗚咽を堪える事ができなくて、私は両手で顔を覆って泣いた。

しばらく泣いていると、突然障子が開いてどかどかと土方さんが入ってきた。手に持ったお盆にはおにぎりとみそ汁らしきお椀がのっている。そういえばご飯とってくるって言ってた。


「すみません。」


私はごしごしと涙を拭って、俯いた。恥ずかしい、超恥ずかしい。人前で泣くなんて。

土方さんは黙って私の枕元にお盆を置いた。そのまま胡座をかいて座り、私の方に手を伸ばす。
一瞬、身体がこわばったけれど、彼の手があやすように私の頭を撫でてその仕草がすごく優しいから、振り払う事もせず、されるがままに受け入れてしまった。


「悪かった」

「え?」

「…いきなり知らない場所に飛ばされて、怪我までして、疑われたら…弱気にならねーやつぁいねぇよな。配慮がなかった。」


さっき一瞬感じたけんのんな雰囲気とは違う。バツの悪そうな…それでいて穏やかな表情に、思わず私も素直に返してしまう。


「いえ、謝る必要ないです。警察は疑わなきゃ仕事にならないんだから、貴方は間違ってない…」


土方さんは意外そうに私の顔をまじまじと見た後、そんなこと初めて言われたなと呟いて微笑んだ。うん、素直には素直が返ってくるもんだ。


「ま。ここにいる限り安全だ。誰にも手出しさせねー」

「はい。」

「あとでいろいろ案内するが…解らねーこととか、困ったことがあったら俺に聞いてくれ。」

「はい、お世話になります」

「何でも頼っていいんだぞ?」

社交辞令で言ってるんじゃない、とばかりに念をおされる。

「近藤さんじゃないけどよ。ホント、困った時はお互い様なんだ。」

「……っ」


おとなになって、分別がつくようになってから、人前で泣くことなんてなかった。

他人の前で取り乱すなんて絶対いやだ。
見苦しいのは嫌い。
いつも強くありたい。
いつもそう思ってた。
今だってそう。

なのに

土方さんの声が優しくて、静かで決意にも似た真剣な瞳が、今言ったことは本心だと物語っていて

他意なく差しだされた真心に、また涙がこぼれてきた。


「と…とまらない」

「そういう時は気の済むまで泣いとけよ。」

「嫌です。みっともない」

「いじっぱりな女だな」


嗚咽を堪えて、大きく深呼吸する。無言で箱ティッシュを目の前に出されたので、遠慮なく使う。

落ち着け、私。落ち着け。
なんどか深呼吸を繰り返していると、次第に感情が凪いできた。


「はぁ…」

「…落ち着いたか」

「はい…」

「根性あるじゃねぇか。いいこった。」


ガシガシと大きく頭を撫でてから土方さんは手を離した。


「早く食え、冷めんぞ」

「はい、いただきます。」


ずずっと鼻をすすってから、お盆にのったご飯に手をのばす。
お味噌汁はお豆腐とわかめ、おにぎりはおかかと梅、それと番茶。素朴だけれどすごく美味しい。
五臓六腑に染み渡るってこういうことを言うんだな。

怪我とワープ(?)で相当消耗したであろう体力も精神力も、治療と睡眠、食事のおかげでやっと取り戻せたように感じた。

私が食べ終わるまで、土方さんは何を言うでもなく、つきそってくれた。


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