連載長編「紡がれていくもの」

□chapter 002
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食事を終え、胃が落ち着いたら、今度は身体を綺麗にしたくなった。なんだか頭がホコリっぽいし。

そう訴えると、土方さんは頷いて立ち上がった。


「女中を連れてくるから、風呂に入れてもらえ」

「や、一人で大丈夫です。怪我っていっても縫ってあるから濡らしたって問題ないですし。他は軽傷ですし」


お風呂入れてもらうなんて恥ずかしい。そりゃWACも風呂は共同だから、一緒に入るだけなら慣れてるけれど。


「着替えの用意とか、肌の手入れとか、女はいろいろあんだろ?」

「そ…そうですね。」

「終わったら、適当に誰か捕まえて俺を呼べ。じゃあな。」


なんだかきまり悪そうに、そそくさと出て行ってしまった。…案外、照れ屋?ツンデレかクーデレかどっちかな。

でも、ありがたい。基礎化粧品の事なんて頭になかった。荷物は戻ってきたけれど、学会の資料とか財布、ポーチ、筆記用具くらいしかない。

あ、携帯無事だった。オマエもこっちにきちゃったのね。こっちに引き込まれる直前まで握っていたから、壊れたか、向こうに残ってしまったかと懸念していた。

当然、圏外。

少なからず落胆したが、事実は事実と受け止めなければ何も出来ない。

宇宙には地球以外にも生命体がいるとか、変な実験らしきことに巻き込まれたこととか。

疑問や疑念はつきないけれど、自分の力ではどうしようもない事で悩むのは時間の無駄だと、経験上わかっている。
あっさり諸問題を棚上げして私は布団をたたみはじめた。

畳んだら空気をはらんで膨らんでいたのでその上に乗っかっていたら、襖のむこうから声がかかった。


「友永さん?開けていいかしら?」

「はい!どうぞ。」


あわてて立ち上がると、風呂敷を持った中年のおばちゃんがいた。


「あんた、大変だったんだってね!大丈夫かい?」

「はい、真選組の皆さんのおかげです。」

「そーかい、そーかい。良かったよぅ。あ、アタシ佐藤っていいます。ここの女中頭なの」

「友永綾です。佐藤さん、よろしくお願いします。」


深々と頭をさげると、やぁだよ!とケラケラ笑った。


「そーんな畏まられたら、困っちまうよ。さ。お風呂行きましょ!」


怪我を気遣って、私の身体を支えゆっくり歩いてくれた。
土方さんから、私について何か聞いているのだろうけれど、核心にふれる会話は一切なく、笑顔でいたわってくれる。

お風呂へ向かいつつ、通りがかりに洗面所や、食堂、娯楽室なども教えてもらう。自衛隊の隊舎みたいだ。


「あの、お風呂って、もしかして真選組の皆さんと共同…だったり?」

「いい〜え。女中には女中用の小さいのがあるんだ。そっちを使いましょ!」


ちょっとホッとする。


「だって嫌でしょう!あんなむさ苦しい男どもの入ってる風呂なんてさぁ!」


あ、言っちゃうんだ。それ。
でも、激しく同意。男が嫌いとか、汚いとかそういう問題ではなく、乙女心みたいなもので。スイマセン。
悪気はまったくないんです。気分の問題です…って誰に言い訳してんだ私。


「ほい、ここが女中用のお風呂ね。」


「女湯」と書いたのれんをくぐると、意外と広めな脱衣所。浴衣を脱いで浴室に入ると、浴槽も3人は入れるだろう広さ。

ここにいるからサ。といって佐藤さんは脱衣所で掃除を始めた。
ドア越しにいろいろ話をしながら、私は身体の汚れを洗い落とす。

そう熱くはないのにシャワーがかかるとあちこちがピリピリする。見下ろせば腕だの腰だのに、悲惨な痣やミミズ腫れができていた。

身体を洗い終えて、湯船につかるとやっぱり痛くてピリピリどころじゃなかったけれど。



痛いっていうのは、生きている証拠でもあって…とっても、とっても安心した。



お風呂からあがり、さっぱり、すっきり人間らしくなったところで、佐藤さんが着物をいくつか見せてくれた。

撫子色、菖蒲色、紅淡藤、山吹色、薄萌黄…日本の伝統色の着物を次々と私の怪我していない方の肩に当てる。


「綾ちゃん、肌が白くて優しい顔立ちしているから、ハッキリした色より、こういう淡い色が似合うね!」

「佐藤さん、すごい!カラーコーディネーターみたい」

「でっしょー。誉めて誉めて」


佐藤さんとは、お風呂に入っている最中も、なんやかんやとおしゃべりしていて、いつの間にか打ち解けていた。
紅淡藤の銘仙を選び、着物一式を手渡されたところで、はて、どうしたものかと戸惑う。

浴衣なら何度か自分で来た事があるけれど、普通の着物はなかったのだ。

そんな私を見た佐藤さんは、怪我してたら着物を着るのは大変だよね、と手伝ってくれた。

ところどころで、こうすると綺麗とか、そこはテキトーでも大丈夫とか教えてくれる。

こういう…ちょっとした気遣いとか、さりげなく相手を思いやる事ができる人ってすごいと思う。
さすが女中頭…プロフェッショナルだわ。
 

「ん。良く似合ってるわ」

「ありがとうございます!」

「これ、若い頃着てたモノなんだけど、もらって頂戴?」

「え!や…そんな、申し訳な 「いいのいいの!箪笥の肥やしにしとくより、着てもらった方が嬉しいからサ。ホントよく似合ってるよ、それ」……大事に着ます」

「いいお返事。女の子は素直が一番よ。」


あんまり固辞するのも、返って失礼な気がして、有り難くいただく事にした。何か別の形でお礼をしよう。


「髪、乾いたわね。結ってしまいましょ。」


肩より少し長い髪を、佐藤さんはひとつに綺麗に結い上げてくれて、出来上がりを鏡で見た私はバンザイしてしまった。


数十分前までボロボロのよろよろでみすぼらしかった私は、何とも小綺麗な大和撫子に変身していたのだ。



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