連載長編「紡がれていくもの」

□chapter 005
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翌日、土方さんと私は、江戸の象徴であるターミナルにきていた。


さすが宇宙への玄関口。


私のいた世界にある国際空港にも土産店や免税店、レストランがあったけれど、なにしろここは宇宙規模の交流をもつ宇宙船発着基地。すべてにおいて規模が違う。

サービス施設も充実していて、江戸土産が売ってれば、リラクゼーション、レストラン、はたまた宇宙体験コーナーなんてものもある。


一日ここで遊べるんじゃないだろうか?


地球より重力の軽い月を体験するコーナーでは、ちょっとジャンプしただけで5mはびよ〜んと跳べてしまって、柄にもなくはしゃいでしまった。あからさまに態度には出さないけれど、土方さんも満喫しているようだった。



あちこち見てまわったあと、スカイデッキでお昼ごはんにする。江戸を一望できるそこは開放的でほどよく風も通っていてなんとも気持ちいい。

土方さんは、せっかく注文したクラブハウスサンドにマヨネーズを山盛りにして、残念なシロモノにしていた。…もう何も言うまい。

私はオムライス。ケチャップで宇宙船が描いてあって、添えられた人参やポテトは星形で何とも可愛い。


おおかた食べ終えたところでスカイデッキから見える遠くの建物や近くの施設についてアレコレ質問した。


「じゃあアレはなんですか? すぐそこのドーム型の」

「あれはプラネタリウムだな。行ってみるか?」

「はい!」


次の回まで時間があるので、ロビーの待ち合いコーナーに並ぶソファに腰をおろす。


「いつになく目が輝いてたな。宇宙好きなのか?」


その通りなのでうんうんと頷く。好きになったきっかけは友人だった。


「幼なじみが宇宙飛行士になりたいって、こどものころよく…」



……―
…………――
………………――――



土方さんは隣に座ったままこちらは見ずに、私の頭を抱き寄せて髪をくしゃくしゃと撫でた。


「よく?」


静かに先を促してくれる。


「……こどものころ、よく…夜の学校にしのびこんで屋上で星を見ました」

「仲良かったんだな」

「はい」



春の夜空も、夏の夜空も、秋も冬も…いっぱいいっぱい見上げた。

星座盤を見なくたって、星座の名前がわかるくらい私たちは夜空を見ていた。




それなのに、ここの夜空は私の知っている星座がひとつもない。



ひとつもないんだ。




いつもは奥底に閉じ込めて固く蓋をしめている事実が、波のようにひたひたと私を苛む。



どうしたら……どうしたらこの痛みにも似た喪失感は、消えるんだろう。



たどたどしく今考えたことを伝える。こういう気持ちって言葉にするほど逃げていくようで、うまく言葉を探せないけれど。

それでも土方さんは一度も口を挟まず、辛抱強くさいごまで聞いてくれた。



「知らないなら、これからいくらでも知ればいい」

「はい…」




「綾、大丈夫。俺らがついてる」

「…はい」



開場のアナウンスが流れたけれど、土方さんは上映時間ギリギリまで私を離そうとしなかった。

その間、言葉は何もなかったけれど、寄り添うように傍にいてくるることが、どんな励ましの言葉より雄弁に私をちからづけてくれた。



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