連載長編「紡がれていくもの」

□chapter 007
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薄暗い室内には土方さんがいて、厳しい表情でガラス窓の向こうの様子を伺っている。

そこには初老の男と、近藤さんの姿。


簡素な机やパイプ椅子、ランプがあって、取調室らしいとわかる。


「マジックミラーだから、向こうからこっちは見えねぇぞ」

「マジックミラー…」


初めてみた。ホントに向こうがハッキリ見える…なんて感心している場合ではない。


「近藤さんと話している方は?」

「武留宇巣教の教祖『碓氷 光明(うすい こうめい)』でさぁ」

「あの人が教祖…」


私がここに来た原因を作ったであろう人物……。


「見覚えねぇか?」

「…はい」


マジックミラー越しに見える教祖は、泰然とした表情で近藤さんと歓談している。

彼がまとっている時代錯誤な濃紫の直垂が簡素な取調室には不釣り合いで、余裕の表情と相俟って余計に違和感を感じた。

事情聴取というような雰囲気ではない。



「…取りあえず安心していい。碓氷はお前の顔も、生死も知らねぇ」

「そう…ですか。ホッとしました」

「ただ、証拠不十分で不起訴…だな。」


土方さんは苦々しく眉をひそめ、煙草の煙をはいた。不本意極まりない様子を怪訝に感じる。


「……?」

「トカゲの尻尾切りでさぁ。今、拘留中の奴等に罪全部かぶせやがった」


「そんな…」


「…いつもの事でね。

こっちも奴をしょっぴけるたあハナから思ってねぇ」


「碓氷は碓氷なりに役に立ってるからな、必要悪ってヤツだ。」

「必要悪…ですか…」

「ああ。武留宇巣教は資金集めの方法はえげつねぇが、たいして血なまぐさくねぇ。

ヤツの教団を潰して、もっと悪辣な資金調達係が台頭する方が厄介なんだ。」

「俺らに出来る事はあの教団そのものを潰すんじゃなくて、企みを事前にぶっ潰す事だけでさぁ」


総悟くんが心底つまらなそうにつぶやいた。


「……」

「役人仕事と呆れるか?」

「いいえ」


大きく首を左右に振り、強く否定した。


そんなこと言える訳ない。




何が正しいとか間違ってるとか…世間の常識やモラルなんてものは国や時代が変われば簡単に覆ってしまう。

この国の攘夷志士は、残酷なほどにその事実を体現しているだろう。



善悪も幸不幸もあやふやなもので、そんなモノに対して語る言葉なんかない。


皆、自分に許された道を歩いているだけだ。



だからこそ真選組の皆の行動が不思議だった。


「でも、逮捕出来ないってわかっていてどうして彼をここに…」

「…お前の事をハッキリさせときたかった、それだけだ。」

「私?」

「“籠の中の鳥”なんて綾さんには似合いませんぜ」

「そーゆーこった。いつまでも閉じ込めてたって苦痛なだけだろ?」

「いえ、そんな事は……」


あのとき、教祖や幹部に顔を確認されていたら、私は当分逃げ回らなければならなかっただろう。

出口のない迷路をいつまでも逃げ惑うのように。

それを何とかするためだけに、あの男をここに引っ張ってきたのか。


影のフィクサーなんて出頭させたら、ことなかれ主義のお上だって黙っていないだろうに。


「……」

「気づいてないみたいですが、綾さん、けっこう痩せちまってますよ」

「え…」


少し軽くなったとは思っていたけれど、人に気づかれる程とは思ってなかった。


「ごっごめんなさい、私…」

「何言ってやがる。そりゃこっちのセリフだろーが」

「そうでさぁ、綾さんが謝ることじゃねぇや。」

「だいたい綾の身に起きた一連の事を考えりゃあ、痩せる程度ですんで良かったと思うぜ」

「―――…」


言葉がでてこない。


私のために、お咎め覚悟で任意同行してくれたと言うの?

どんな想いでそこまでしてくれたの?



みんな、それぞれが自分に許された道を歩いてゆく…


真選組の皆もそうしているだけ。

だとしても…


言葉にならない気持ちを込めて深々と頭をさげた。



彼らに最大級の感謝と敬意を――



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