連載長編「紡がれていくもの」
□chapter 008
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映画で見た外国に来たようなフワフワした気分で、電車に乗ったり観光したりで気がつけば結構時間が経っていた。
程よく歩き疲れたところで、通りに面した茶寮でひと休みしてお抹茶と上生菓子を頼む。
待っている間、途中で買った『大江戸散歩』という『る○ぶ』的な雑誌をパラパラと眺めた。
今、どのへんにいるのかなぁ〜と地図を眺めていた時、ページにフッと人影がおちる。
「そこのカーノジョ、なにかお困り?」
「ん?」
聞き覚えのある妙に気の抜けた声がして顔をあげると、いつかの銀髪のお兄さんがいた。
「あ。 さか…っ、ぎん…っ」
この前と同じのらりくらりとした雰囲気で、私の隣に腰掛けた。
「何。坂田って呼ぶか、銀さんって呼ぶか迷ったの?」
「すみませんっ」
「ぶっ、おもしれぇな。綾ちゃん」
銀さんでいいよ、と頭をポンポンと撫でられた。
私の注文したお抹茶とお菓子を持って来た女給さんに、坂田さ…もとい、銀さんは団子を一皿頼んだ。
「江戸には慣れた?」
ってワケじゃなさそうだなぁ、と私が見ていた『大江戸散歩』を覗きみる。
「あまり外出する機会が無かったもので、今更ながら観光中です」
「ふーん」
こんなに屯所の外をブラブラするのは初めてで、見るもの見るものすべてが新鮮で面白いったらない。
銀さんの頼んだお皿が来たところで、いただきますをする。
抹茶、おいしい…
しみじみしていたらお団子をひと串くれたので、私も紅葉の形をした上生菓子を半分に切って銀さんのお皿に移した。
「んで?どこ行きたい?」
「え?」
「連れてってやるよ、どこでも」
「…でも」
「いいの、いいの。ちょうど今仕事帰りだし。銀さんに言ってみな」
「そうですねぇ、結構いろいろ行ったからな。う〜ん…」
「かぶき町は?こっから近いよ」
「あ、まだです」
「じゃ、決まりな。案内すんぜ」
いつの間にか銀さんがお勘定をすませていたようで、さっさと歩き出してしまった。
粋だ。江戸っ子だ。
「ぎ、銀さん。待って…」
「ん? 綾ちゃん、その足…」
「?」
ふと見下ろした左足、鼻緒の部分…ちょうど親指と人差し指の間に血が滲んでいた。下駄を長い時間履いた事なんてなかったからだろう。
「あ、なんか痛いと思ってたら」
「思ってたら、じゃねぇだろ!」
足袋を脱いで確認したら、親指と人差し指にマメができていて、指の付け根がすり切れていた。
「あ〜あぁ、マメつぶれてんじゃねぇか、痛てぇだろコレ。右足は?」
「大丈夫です」
「もう歩くなよ」
「え? でもそれじゃ…わゎ!」
銀さんに横抱きされる。いわゆるお姫様抱っこだ。
「は、恥ずかしい!」
「え〜」
「えーじゃなくて! 歩けますから! 降ろしてください」
「おいおい、しっかり掴まってねぇと落っこっちゃうよー」
本当に落っことされそうになる。
「んぐ!」
「恥ずかしかったら顔伏せてな、こっから万事屋まですぐだから」
恥ずかしかったので、申し訳ないと思いつつ銀さんの首にしがみついて、万事屋につくまで顔をふせていた。
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