連載長編「紡がれていくもの」

□chapter 009
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ヨロヨロと覚束ない足取りで屯所の門をくぐり、玄関までたどり着くと、ちょうど仕事帰りらしい山崎さんがいた。

いつもの人の良い笑顔に少しホッとする。


「ただいま帰りました」

「おかえり、綾ちゃ……どうかした?」

「え?」

「顔、ちょっと火照ってるよ」


心配そうに顔を覗き込まれてつい後ずさってしまった。


「急いで帰ってきたから、たぶんそのせい…」

「あ、前っ!」


山崎さんの方を向いたまま、思いきり玄関の上がり框に膝をぶつけてバランスを崩す。


「うわっ!?」

「綾ちゃん!!」


そのまま前のめりに倒れそうになったところを、山崎さんが素早い動きで後ろから引っぱり起こしてくれた。


「あぶっ! 危なっ! 大丈夫? ホントにどうしたの、今日」

「…ごっごめんなさっ…〜〜〜〜―」


うわっもう、ホント何やってんの、私! めちゃくちゃ恥ずかしい!!

羞恥のあまり俯いてしまった私を気遣うように、山崎さんは背中をぽんぽんとしてくれた。



「山崎、そこで何してる」


いつもより低く鋭い土方さんの声が玄関先から響いてきた。振り返ると、見廻りを終えて帰ってきたらしい土方さんが立っている。

そして山崎さんはというと、膝を折って座り込む私を後ろから抱えている状態で…


「あ、副長。今、綾ちゃんが……、 ふくちょ?」

「…てめぇ、綾に何してやがる」


山崎さんも私も、土方さんの半端ない威圧感と怒気にその場でフリーズしてしまった。


「「………」」

「言ってみろよ、山崎ぃ」


土方さんは腰の日本刀をスラリと抜刀した。刃先がキラリと煌めく。


「いや、あの! げげ玄関で転びそうになったのをとめ 「この刀、研ぎから返ってきたばかりなんだが…切れ味試してみるか。お前でなぁ」 ―っ!!??」

「な!ごかっ誤解です!マジで!! 綾ちゃん、ヘルプ!ヘルプミー!!」

「はい!玄関でこけたところを山崎さんが助けてくれたんです!」

「本当か?」

「「本当!本当です!!」」


ふたりして、顔をぶんぶん縦に振る。土方さんは日本刀を鞘に納め、怒気を鎮めた。


「…ならいい、さっさと離れろ」

「あ、はい」

「珍しいな、お前がそんな鈍臭せぇのは」


「今日、歩き過ぎて。足、マメが潰れちゃって痛くて…」

「なに? 大丈夫か? おい、足出せ。見せてみろ」


ホッとしつつ、玄関での失態の理由(のひとつ)を伝えると、土方さんはガバッと私の前にしゃがみ込んだ。

心配してくれるのはわかる。わかるし、とてもありがたいけれど…


「え…えっ? ここで? ちょっ!足袋脱がさないでくだっ…! やっ!!」

「何してんだ。土方クソヤロー」


背筋がヒヤリとするほど冷たい声が上から降ってきた。


「山崎に抑えさせて綾さんを襲うたぁ、武士の風上にもおけねえなぁ…。綾さん、危ねぇからこっちにきな」


固まっている土方さんと山崎さんに挟まれた状態の私を、総悟くんが引っぱりおこし自分の後ろへ押しやった。


「オイ待て、総悟。誤解だ、誤解」

「苦しい言い訳は結構ですぜ、副長さんよォ」

「ちょ!沖田隊長?」

「あの世でマヨネーズでもすすってな!」


ドゴォォォォォォン!!!


「おわァァ!」「ぎゃああ!!」


バズーカの爆音が玄関中に響き渡り、もうもうと煙がたちこめた。


「土方さん!山崎さん!?」

「心配いりやせん。威嚇射撃でさぁ」


落ち着き払った総悟くんとは対称的に、私は大慌てで煙のなか二人を捜す。

すぐに煙の合間から二人が見えて、無事が確認できた。

良かっ…え? あれ?


「そっ総悟くん! ふたりとも髪っ髪が! しくじったアフロみたいにっ」


モジャモジャになってる! 直近でバズーカなんてくらったからだ。

どどどどうしよ…怪我がなくてもあれじゃ仕事にならないんじゃ


「あぁ、それも心配無用です。明日にはもとに戻ってるんで。」

「そうなの!?」


なんで!? そういうものなの??


「ささ、綾さん。部屋まで送りますよ……ん? 左足どうしやした?」

「あ…、歩き過ぎでマメが潰れちゃったんだ」

「そいつぁいけねぇや、手当しやす」

「大丈夫よ、手当はすんでるから」


平常心で上司や同僚にバズーカを発射する総悟くんなのに、私のちょっとした怪我を本気で心配していたわってくれるギャップに思わず苦笑いがこぼれる。


でも、心遣いがとても嬉しくて…

ちょっとだけ甘えたくなった。


「ただ、庇うから歩きにくくて、部屋まで連れてってもらってもいいかな?」

「喜んで」


彼の満面の笑顔に、私は屯所に戻ってからやっと心から安堵できた。




^^^^^^^^^^



部屋に戻るとさっそく総悟くんが座布団を2枚重ねにして座らせてくれる。


「傷、見せてくだせぇ」

「…絆創膏貼ってあるよ」

「構いやせん」


座布団に座って、足をくずした私は足袋を脱いで総悟くんのほうに左足をみせた。

総悟くんはそっと足の指先にふれ、眉をひそめ黙ってしまった。


「…総悟くん?」

「はぁ……、アンタぁしっかりしてんだか抜けてんだかわからねぇな。目が離せねぇや」

「うっ…ごめん」


どっちが年上だかわからないくらい面倒を見てもらっているし、変なところもよく目撃されているしなぁ。


「今度は二人でどっか行きやしょう。綾さんが、ガンガン歩いていかねぇように見張っててやらぁ」

「ガンガンなんて歩かないよ、さすがに」

「どうだか」


……どうだろう。


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