長編置き場

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腕を切られた。


そう理解した瞬間、右腕に焼けるような痛みが走った。いくら痛みに馴れているとはいえ、叫び声は抑えられないものだ。当然、飛段は獣のような大声をあげ、腕を押さえて片膝を地面についた。

フーッフーッと息をあらげながら、何が起こったのか理解出来ぬまま敵を睨みつける。主格の男がにやりと笑って飛段の目の前に立った。その後ろに手下が並んだ。一、二…三人。飛段はチッと舌打ちした。どうやら敵は初めから四人だったらしい。一人は影に隠れ、隙の出来るタイミングを伺っていたのだろう。


「フン…腕を切られても気絶しないか。減らず口を叩くだけはあるみたいだな」

「……へヘッ…腕切られんのにゃ…慣れてっからなァ…」

「まだ馬鹿を言うか…」


ほんとだっての、と呟く飛段に主格の男がまた刀を構えた。首でも跳ねるつもりだろうか。飛段はマズイな、と口元を歪めた。死にはしないが、首を取られると飛段はただの話す生首だ。それだけは避けなければ、と思いながら飛段はちらりと押さえた右腕を見た。利き手でなかっただけマシと言えようか、しかしこの状態で敵と戦うには不利すぎる。
ずきずきと治まらない痛みで脂汗が額から頬を伝った。左手が血でぬるりとしていて気持ち悪い。激痛のショックで足が震え、膝を付いてやっと持ち堪えているほどだ。これでは戦えない。



もういっその事、死んでしまおうか。先ほどと同じだが、先ほどより確定された考えが脳裏に浮かんだ。
このまま首を落とされれば、生への未練は完全に断ち切られる。


男が刀を構え、飛段との間合いを詰める。どうやら最後はリーダーがじきじきに手を下すつもりらしい。


飛段の視界の中で、全てがスローモーションのように、ゆっくりと動く。



目前に迫る白い刃、猟奇的な笑みを浮かべる男、転がった己の腕、そして、雲ひとつない青空に浮かぶ、



羽を広げた黒い影。






見かけた瞬間、いや、見たと認識する間もなかった。その直後に、凄まじい轟音が響き渡り、洒落にならないような爆風が辺り一面を吹き飛ばした。
爆風は、飛段も、主格の男も、手下も、岩も、枯れた木も、何もかも吹き飛ばし、押し潰し、無に還した。





本当に一瞬の出来事だった。轟く轟音は数分で止み、また辺りには先ほどと同じ風がひゅるひゅると吹き渡る。元々渇いて死んでいたような大地から、一瞬で生物が生き絶え、生命の気配が消えた。


飛段は何が起きたのか全く理解出来ていなかった。いきなり物凄い爆風が吹いて、敵もろとも葉っぱのようにぶっ飛ばされた。明らかに自然のそれではなかった風に飛ばされたお陰で飛段は全身を強打し、意識も混濁していた。体は何とか千切れなかったものの、今にも気絶してしまいそうだった。



さくさくと大地を踏む音が聞こえる。誰かがこちらへ歩いてきているようだ。恐らくなんらかの術でこの風を起こした張本人だろう。霞む視界の中で、どうせ生きているとは思われないだろうと飛段は動かなかった。

さく、と飛段の頭の近くで足音が止まる。足音の主が、飛段の頭につま先を引っかけた。足で無造作に転がされ、仰向けにさせられる。痛いと喚ける程の気力もなく、ただされるがままに転がされた。


飛段は開いているか閉じているか自分でもわからなかったその目を、軽く開いた。

まず初めに見えたのは、黒衣に赤い雲の分厚い外套。体を完全に覆い隠すそれは肌を少しも見せず、強烈な威圧感を放っている。顔は、よく見えない。太陽を背にしている所為もあるが、何よりその男は顔を半分以上も布で覆っているからだ。
頭巾とマスクをしている所為で口元は疎か髪形さえもわからない。ただそれでも特徴が掴めたのは、唯一露わになっている目が常人とは違う色になっていたためである。

本来白であるはずのそこは血が溜まって赤く変色しており、しかし中心に座す瞳はとても澄んだ緑色をしていた。

世にも稀な配色に思わず飛段は掠れた喉で息を飲んだ。




一体なんだこの男は。




追い忍でもない、先ほどのやつらのような賊でもない、しかし自分たちに術を浴びせてきたからにはどちらかの敵なのだろう。


そう思いながら太陽に目を眩ませつつその男を仰ぎ見ていると、黙ってこちらを見下ろしていた男の胸から突然、ドスリという音と共に白銀の棒が突き出てきた。


初めはこれも男の術か何かかと思ったが、その突き出た白銀の棒が自分の腕を頂戴したそれと同じだと気づいた時、男の体が前のめりになった。


男の背後には、飛段の腕を斬ったのと同じ手下がボロボロの状態で立っていた。いきなり現れたわけのわからない男に殺されるのは癪だったのだろう。ボロボロの手下はしてやったり顔で男を睨んだ。


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