長編置き場

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飛段はペインに案内され、岩肌が剥き出しでところどころに松明がかかっただけのあまり綺麗に整備されていない廊下を歩く。カビ臭い空気が鼻膣を突ついた。侵入者を考慮してか天然の洞窟をアジトにしているようで、まるで中は迷路のようだった。
時折岩の壁に無理矢理つけられた扉を通り過ぎるが、同じようなものが並んでいて目印になりそうもなく、ここは覚えられそうにないな、なんて思いながら飛段はペインの後に続く。時々、ぴちゃん、と何処かで水滴の落ちる音がする。

「ここだ」

「ん?…なんだここ」

「暁のメンバーには部屋があてがわれる。ここがお前の部屋だ」

そういってペインが指差したのは古びた扉だった。掃除は居住者がするのだろう、扉にはかなり古い汚れから擦ればとれそうな新しめの汚れがこびりついていた。この様子では中にも期待はできないだろう。

「きったねーなー…」

「まあそう言うな。中はまだマシな方だ」

半信半疑で扉を開けると、建て付けが悪いらしくギイイと軋んだ悲鳴をあげる。中に入れば靴を脱ぐところがあってすぐ四畳半くらいの部屋になっていた。左手に安物のベッド、右手にある扉の奥は恐らく小さなバスルームだろう。部屋の奥はベランダのようになっていて、少量の洗濯物ならば干せるようになっていた。何処もかしこも、お世辞でも衛生的とは言えなかったが。

「お前の働きしだいで部屋を大きくしたりしてやることも出来る。それだけの金を角都が出してくれるかどうかだがな」

「なんであいつなんだよ。オレは相方に金の管理までされんのか?」

「いやそうじゃない。角都は暁の財布役なんだ。お前だけじゃなく暁の金の管理は全て奴に任せてある」

ふーん、と飛段は気のない声を返しておいた。どうやら角都は金にうるさい性格らしい。金銭などに興味のない自分にとって、どうでもいいことだったが。

「そうだ、暁のコートだがな…」

「コート?ああ、おめーらが着てるやつか」

飛段はそう言って背後に立つペインの外套をまじまじと見つめた。かなり分厚く動きにくそうだ。本来ならば前任のメンバーが死んだ時などは外套だけ持ち帰って後任の者に渡すそうだが、角都だけは違うらしい。

「奴はパートナーはいらないの一点張りだからな、相方を殺してもコートは持って帰って来ない。しかも新しいのを作る金も出すなと釘を刺されてるんだ」

「別に動きにくそうだし暑そうだし、コートいらねーぜオレ」

「そうもいかない。コートは指輪同様、暁のメンバーである証のようなものだからな」

金は後で俺が見合わせておこうと言い残し、ペインはもう二、三言言いつけて去って行った。任務は明後日の昼から、明日一日は部屋の整頓でもしておけというものだった。しかし整頓も何も、飛段は身ひとつでここまで来たのだから片付きすぎて困るくらいだ。
とりあえず背中の鎌をベッド近くの壁に立てかけてベッドへ寝転んでみる。ギシギシ煩いベッドはそれほど背の高くない飛段でさえ少し窮屈に感じるくらいだった。

「きったねーし狭いし…」

ぶつぶつと愚痴を零しながら起き上がってベランダの方を覗く。ベランダといっても壁を少し押し出しただけのそれは外を眺めるというより洗濯物を放り出しておくのに特化しているようだ。今にも崩れそうな柵に手をかけ身を乗り出して外を見る。左右の壁の数十メートルほど先に同じようなベランダが並んでいて、あれが他のメンバーの部屋なのだとわかった。
そういえば角都の部屋を尋ねるのを忘れていた。まぁ自分は相当嫌われていたようだし尋ねたところで答えてくれることはないだろう。

ペインが飛段を不死身だと紹介した時、角都はあまり良い顔をしなかった(それどころか嫌悪感を露わにしていた)。それは飛段の不死身を嘘だと思っているのか、それとも己と同じ不死身を持つ者に危機感を感じたからなのか。
自分で考えておきながら後者はあり得ないだろうと結論付ける。角都はそんな些細なことでは揺らぐことなどないように見えたからだ。

何だかんだ文句をつけつつも初めての自分の部屋というものに内心はしゃぎまくっていた飛段は上衣代わりにしていた布切れを纏ったままだったことを思い出してバサリとそれを脱いでその辺に放った。
里抜けした時から着ていたそれは土や血で汚れ、もうただのぼろであったが何となく愛着というものがあった。それも新しいコートを貰えば終わりなわけだが。

顔を洗うために洗面所へ向かう。案の定そこも綺麗とは言い難く、少し躊躇ったが仕方なく洗面台の前へ立って蛇口を捻った。透明な水が出てきたことに安堵しながら手に溜めたそれでバシャバシャと顔を洗う。気分がいくらかスッキリしたところで顔を上げれば、曇った鏡に顔をびしょびしょにした銀髪の男が写っていた。
不健康な白い肌にそれを煽るような銀髪。いかにも病的な外見に飛段は舌打ちをした。不死の体だと恐れられるなら、いっそのこと容姿さえもおぞましいものだったらよかったのに。
彼…角都の外見は、飛段こそ恐れなかったものの、見た者に畏怖の念を抱かせるだろう。それを本人が望んでいるのか定かではないが、あの目に戦う前から戦意を失った者も居るはずだ。

黙って鏡を睨んでいると、ふと自分の右腕に目がいった。二の腕の真ん中辺りに薄っすらとした線がぐるりと走り、そこから先はほんの少しだけ曲がっている。あの時、初めて角都を見た時の傷だ。固定させてくっ付きはしたものの、歪んでいたようでほんの少しだけずれている。生活や戦闘に支障はないので放って置いたのだが。

「……角都」


ぽつりと呟いた名は己が神の巡り合わせた男。彼のために尽くし、彼のために生きると決めた。それが神の決定、自分の意思。どんな苦行だろうと耐えて見せる。どんな長い月日だろうと越えて見せる。彼も自分も、朽ちることのない不死なのだから。


何時の間にか爪を立てていた右腕の傷からプツリと血が溢れ出した。







右腕の傷

to be continued....
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