BOOK

□今はまだその腕の中に
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抱き締められることを、許して。






今はまだそのの中に





huzigaya side





それがいっそ夢ならば。

そしたら諦めだってつくのに。





今日、天気は生憎の曇り。


あーあ。

いっそのこと雨だったらよかったのに。



家に居るのもなんだか暇で、なんとなく街をふらついた。

視界がどんよりしていて、テンションが上がりたくても上がれない。


よく行く喫茶店に足を向けて、なんとなくそのまま入った。



――後悔するなんて、知らずに。





「いらっしゃいませ」



落ち着いた雰囲気の店内。

気分転換で来たのに、まさか、なんで。



俺は居るはずのないあの人へと、自然に視線が向く。



・・・ー渉。




なんで、どうして。

渉は、俺の、恋人でしょ?



なのに、なんで北山と一緒に居るの――・・




会話は、一切聞こえない。

二人も俺に気付いてないようで。

でも、なんで二人が?



俺は"そういう関係"じゃないよな、なんて思い直した。

だって渉は、俺の恋人で。


けれど、それは簡単に壊される。



あれから二人が気になってしまって、横目で二人を追っていた。


あれ、なんで渉、北山の頬に手を添えて―――・・



・・・―っ、キス、してる?



信じられなくて。信じたくなくて。

一瞬冷静になって"見間違い"だと自分に言い聞かせて再度二人を見ても、やっぱり、



―俺はなんだか無性に悲しくて裏切られた気がして、料金だけ置いて店を飛び出した。




そのまま真っ直ぐに家へと帰る。


・・・見間違いなんかじゃ、なかった。

確かに唇は触れていて、その後二人は幸せそうに笑っていた。



泣くことも出来なかった。

かといって全て受け入れられるほど余裕なんてなかった。





プルルルル・・・


一通のメール着信。

それは、――・・渉から。



"あいたい。"



・・・さっきまで、北山と会っていたくせに。

履歴から消そうとするけれど、やっぱり消せず。


俺は待ってるから、と記された場所に向かった。

北山とのキスを見た、―あの喫茶店。






店の扉に括り付けられた鈴が鳴る。

交代の時間が過ぎたのか、さっきとは違う店員。


"待ち合わせをしているんですけど、"そう言いかけた時に、渉の姿を見つけた。


手をひらひらを振る渉に店員さんも気付いたのか、渉の居る席へと案内してくれる。





「・・・、渉」


さっきは北山が居た場所。

一定の位置からしか見えないであろう死角にある席。


見えてしまったあの出来事はなんの皮肉なのか、と小さなため息が洩れた。



渉はぎゅ、と俺を抱き締める。

店内の暗めの照明が背景と俺たちと紛らわす。


嬉しいはずなのに、嬉しくない。




「太輔、」


その優しい声で、北山の名前も呼んだんでしょ。

そうやって微笑む姿も、もう俺のものだけじゃないんでしょ?



静かな空間に響くピアノのメロディ。

まるでエレジーのような、悲しい旋律。



別れ話かな、なんて思っていたけど、そんな話題は微塵も出ずに。

でもそれが苦しかった。


だって、それってやっぱり。




ねえ。

それが優しいからなのか、酷いからなのか解らないよ。


――俺は自分では何も言えず、どうすることも出来ずにその腕の中に堕ちていく。











(今はまだその腕の中に、)(包まれていたいと願うのです)

((結局は君に愛想を尽かされるのが怖いんだ))


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