【長編】 紅の巫女
□⊂第二章⊃
秀麗様、ご馳走になります。
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■紅家タヌタヌ邸■
朝、出仕の準備を整えた絳攸は自分を見送りにでた詩嬉の頭を撫で、昨夜言いそびれた話を口にする。
「詩嬉、実は最近、四日に一度、邵可様の邸で食事会をしているんだ。今日はその食事会の日なのだが…詩嬉も来ないか?」
大好きな兄からの嬉しい誘いに、詩嬉は素直に喜んで見せた。
『本当ですか!?久しぶりに邵可叔父様や静蘭に会いたかったのです。秀麗様ともお話したかったですし…あっでも叔父様と呼んではまずいですね…』
二人は顔を見合わせ、苦笑いを浮かべた。
「…ああ、黎深様が未だ秀麗に名乗っていないからな。」
後見人を引き受けるのだからいつまでも隠していられないでしょうに…と思う詩嬉だった。
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その日仕事を終えた絳攸と藍楸瑛は朝廷の門前で詩嬉を待っていた。
『兄様!』
少し先で手を振り走ってくる妹。
その姿に道を行く誰もが見惚れていた。
父親譲りの癖のない漆黒の長髪、母親譲りの美しい顔、とても十五歳とは思えない大人びた姿。
「やぁ、詩嬉殿。久しぶりだね。ますます美しくなって…いつも龍蓮が迷惑をかけているね…。」
スッと詩嬉の髪に伸ばそうとする楸瑛の手を絳攸が払い退ける。
「人の妹に手を出すな、常春!」
『ふふ、楸瑛様、相変わらずの様ですね。レンが私に迷惑をかける事などありませんよ。』
その言葉に二人は沈黙した。
どう考えても、彼の存在自体が人に迷惑をかけている様に思えてならない。
「…そう言ってくれると嬉しいよ。きっとそんな事言ってくれるのはこの広い彩雲国中探しても詩嬉殿だけだと思うな。」
いや、宇宙中探しても詩嬉だけだろう…と内心呟いた絳攸だった。
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久しぶりの邵可邸を見て詩嬉は言葉を失う。
(前よりひどくなっているわ…)
詩嬉は幼い頃、黎深に(無理矢理)連れられ、人様の塀をよじ登り、盗っ人よろしく秀麗を見守っていたので、邸の変貌ぶりに驚いたのだ。
「いらっしゃいませ、藍将軍、絳攸殿。…おや、久しぶりですね詩嬉。」
出迎えた静蘭は久しぶりの客人に微笑んだ。
「お久しぶりです、静蘭。急にお邪魔して申し訳ありません。」
静蘭は公子時代、朝廷を出入りしていた詩嬉とは顔馴染みだった。
泣き虫だった劉輝を優しく宥めていたのが詩嬉。
あの時は紅黎深の娘だとは知らず流罪後、まさか邵可邸で再会できるとは思っていなかった。
静蘭は三人を室へと案内する。
そこに少女が慌てて現れた。
…秀麗だ。会うのは何年ぶりだろう。とは言っても、こちらが一方的に知っているだけだが。
「いらっしゃいませ、藍将軍、絳攸様。お出迎え出来ず申し訳ありません。…あら?そちらの方は?」
秀麗は絳攸の後ろに佇む女人に気付く。
『はじめまして、秀麗様。いつも絳攸兄様がお世話になってます。私は妹の詩嬉です。突然で申し訳ありませんが、私も秀麗様の手料理をご馳走になっても宜しいですか?』
一つ一つに気品を感じる美しい所作の彼女に、秀麗は思わず見とれてしまっていた。
「………えっ!?絳攸様の妹さんですか!?…そんな、絳攸様にお世話になってるのは私の方です……!私の料理でよければ喜んで!」
快く承諾してくれた秀麗に笑みを浮かべる詩嬉。
『ありがとうございます。』
その後居候をしていた影月と共に秀麗の料理を手伝い、同じ国試受験者ともあって友人になったのだった。