【長編】 紅の巫女
□⊂第三章⊃
父様、今夜は藍邸に泊まります。
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「そうはいってもね、私は兄たちからお前の監督を任されている。なんなら藍家の権力を駆使してお前を邸に追い立てても構わないんだよ。…龍蓮、一度しか言わない。きなさい。でないと本気で抜くよ。」
楸瑛は腰の剣に手をかけ、いつもとは違う、ひんやりとした声で言った。
その気配を感じて穏やかに見守っていた詩嬉の空気が変わる。
「藍龍蓮の名をもつ君をこれ以上ふらふらさせておくわけには『楸瑛様!』…」
言い終わるより先に詩嬉に遮られた。
『レンは邸に戻りますわ。…できれば私も今夜お世話になりたいのですけど…よろしいですか?』
いつもと同じ口調、同じ穏やかな顔つきの詩嬉だったが、彼女を纏う空気が冷たく感じられるのは気のせいではないだろう。
そんな詩嬉の変化に、誰よりも先に気づいた龍蓮が口を開いた。
「詩嬉……愚兄其の四、承知した。まったく風流ではない我が邸だが詩嬉がいるなら良しとしよう。ではさらばだ、我が愛しき友らよ。名残惜しいが及第発表のときまでしばしの別れ。また会おう。」
楸瑛が答えるよりも先に龍蓮が決断を下す。
それに詩嬉は安堵した様子で楸瑛に視線を向けた。
『ではよろしいですね?楸瑛様。』
「…もちろんだよ。詩嬉殿、君なら今夜だけと言わずなんならずっと…」
ぐいっと詩嬉を腕の中に引き寄せ龍蓮は兄を睨む。
「…冗談だよ、龍蓮。」
そして三人は秀麗と影月に別れを告げ、藍邸に向かった。
―――――――
一方その数刻後の父上様は…
黄奇人の室で特製兄上表情仮面のお披露目に入ろうという所で紅家の影より文が届き急いで文を開いた。
詩嬉からの文は黎深にとって最優先事項なのだ。
・・・・・・・・
父上様
急ぎの文にて乱雑な文面お許しください。
会試も無事終わり、邸に帰る予定ではありましたが今夜は藍邸に泊まることとなりました。
今夜会うことが叶わず残念ではありますが、レンがおります故、心配なさらないでください。
また藍家に影や不幸の手紙を送りつけることがない様、お願い申しあげます。
詩嬉
・・・・・・・
「なっ!なんだってぇぇっっ!」
黄奇人の邸に黎深の叫びが響いたのだった。