【長編】 紅の巫女

□⊂第三章⊃
父様、今夜は藍邸に泊まります。
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―――――――

■貴陽藍家別邸■

『レン、湯浴みして濡れたままだと風邪をひきますよ。』

用意された離れで、月を眺めていた龍蓮の濡れた髪を拭う。

「…詩嬉、貴陽の加護が変わった。詩嬉がやったのか?」

詩嬉はそれに小さく頷く。

実際は彩八仙の加護の上に自分の力で結界を強めたにすぎないのだが。

「貴陽は気味が悪い。だが詩嬉の加護は温かい。……詩嬉、愚兄其の四の無遠慮な発言を許してほしい。」

『気にしてませんわ。私にはレンがいるから大丈夫ですよ。…ただもう少しでお別れですね。私は官吏になりますから今までのように旅にでることはできません…』

龍蓮は詩嬉を胸に閉じ込めた。

「なに、私が会いに行けばいいこと。詩嬉に呼ばれればすぐに飛んでくる。」

詩嬉は嬉しかった。貴陽嫌いの龍蓮が自分のために会いにきてくれると言ったことが。




「お邪魔…だったかな?」

抱き合う二人を見つけた楸瑛は、ニヤリ、と意地の悪い笑顔で近付く。

「覗き見とはなんと不届き者よ、愚兄。」

「やれやれ…龍蓮、秀麗殿と影月くんから文が届いたよ。明日詩嬉殿と一緒に邵可邸でお夕飯を食べようとのお誘いだ。わざわざ迎えたにきてくれるらしい。」

楸瑛の知らせに、詩嬉は笑みを浮かべた。


「いいよ。許そう。行ってきなさい。」

差し出された文を龍蓮は、大切そうに懐にしまいこみ、おもむろに立ちあがる。

「即刻小金を稼ぎに行かねば。詩嬉、連れていきたいのは山々だが、女人が夜中に訪れるような場所ではない故、留守番を頼む。愚兄には決して近づくな。」

最後の忠告に楸瑛は溜め息をついた。

『ええ、行ってらっしゃい。帰りをお待ちしてますわ、レン。』

その言葉に龍蓮は笑みを浮かべ邸をあとにした。



――なんだか新婚夫婦のやりとりみたいだったな。と思った楸瑛は龍蓮の戻りを待つと言った詩嬉を室に勧め、侍女に茶を用意するよう告げた。


―――――――

「…詩嬉殿、さっきは悪かったね。少し龍蓮に意地悪しすぎたかな」

詩嬉は微笑んだ。結局楸瑛も弟には甘い。

『いえ…私もレンと同じ、名に縛られた者。少し感情的になってしまいました……レンは変わりますよ。大切な友ができましたから。』

詩嬉と龍蓮はお互いを理解しあえる唯一の存在。そして想いあっている。

なのに詩嬉はその想いから目を背けているように楸瑛は思えてならなかった。



「詩嬉殿…龍蓮のお嫁にこないかい?」

突然の言葉に、詩嬉は哀しそうに微笑んだ。

『私は“紅の巫女”です。国政に介入できる権限を持ちます。そんな権限を持つ私と藍龍蓮が結婚となると藍家当主が黙ってはいないでしょう。』

“紅の巫女”はずっと昔からその天つ才と異能により国を救ってきたことから、官吏にならなくとも朝廷に自由に出入りでき、時には王の決定をも覆す国政の権限を持っている。

そして“藍龍蓮”は藍家の象徴であり、最後の切り札。藍家当主の決定さえ覆せる絶対の存在であり、誰にも利用されてはならない。

それは詩嬉にとっても同じ事だった。

朝廷に行くことを決めた詩嬉に、藍龍蓮が傍について行くことは互いにその意思がなくとも“利用”することになってしまう。

『…ですから今は無理です。』

その言葉に楸瑛ははっとした。


今は…と詩嬉は言った。

元々国試を受けなくとも朝廷に入れた詩嬉が国試をわざわざ受けて官吏になる理由。

そして楸瑛の考えが間違っていなければ、もしかしたら二人が共に歩める日がくるかもしれない。


(……だがすべては王次第か……)


楸瑛は二人の思惑が達成されることを祈ったーーー。
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