ODS
□7話の妄想
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空き地署・・・もとい湾岸署内で起きた警察官殺傷未遂事件がようやく落ち着き、刑事課内も通常勤務に戻っていた。
本庁の情報伝達不備による由々しき事態によって、被害者の身内が署内の関係者に気付かれず、所轄の刑事が取り押さえの時刺されるという深刻な事例に室井管理官が湾岸署に訪れ神田署長始め署員全員に頭を下げ謝罪した事に一同驚きは隠せなかった。
「所で、署長。青島刑事のその後体調は大丈夫ですか?彼には申し訳ない事をしたと思っているので会いたいと思って。」
その言葉に恩田すみれが室井に皮肉った言い方をした。
「本店から青島君に頭1つ下げに来るのにも大分日にちが経たないと来ないの?」
その言葉に一瞬にして室井の表情が曇った。
「こりゃ、失礼。なら今すぐ行って。彼はね、お婆さんから貰ったお守りが助けてくれたって、バカみたいに喜んでたけどホントは凄くショックうけてたのよ。今資料室に籠もってるから。行きなさいよ。」
その言葉にも、ただ申し訳ないとしか言えない自分が情けなかった。
「ありがとう。 すまないが、彼と2人で話がしたい。資料室には誰も入れないでくれ。」
そう言い軽く一礼すると資料室に向かい刑事課を後にした。
地下一階の奥に今迄取り扱った事件の調書や、証拠物品に遺留品等を保管している資料室は在る。厳重な管理と取り扱いで守られた場所だった。
其処に青島は1人で資料を捜していた。今追っている窃盗傷害事件の手口や、目撃者の話から過去の資料を見直し、手がかりを掴もうとしていたのだった。
ホコリッぽいよどんだ空気に中、手前3列奥行き4列の保管棚。壁に設置された小さな空気窓と蛍光灯、資料を閲覧する為の机と椅子。奥に行けば誰にも見付からない場所に室井は青島に会いに足を踏み入れた。
「 青島刑事は居るか? 」
重厚な扉の近くで声を掛けたが返事は返ってこなかった。仕方なし1列ずつ進みながら青島を捜した。
『なんで・・・?ねぇ、室井さん!本庁からこっち(所轄)には情報が下りてこないんです?!! オレ、本当に死んじゃうんだって思ったら、すっごく怖かったんですよ!!。』
受話器の向こう側から聞こえてきた青島の悲痛な叫び声が、今も耳から離れなかった。
彼にどんな恐怖を与えてしまったか。現場で日々頑張っている所轄の刑事達は常に事件解決に奔走し、凶悪な犯人逮捕の為死と直面している。
そんな彼らとは対照的に本庁の人間は机の上で動き、危険な目に遭う事がない。
『えぇ、えぇ、そうですとも、アタシら所轄の人間は本庁のお偉いさん方の兵隊ですからね。い無くなったって、代わりは幾らでも利く。そんな存在でしょうとも。』
いつだったか、湾岸署の老兵の和久平八郎にそう言われた事を思い出していた。
「そうじゃないんだ、青島・・・。」
切実に許して欲しいと思っていた。青島の存在が自分の中で大きくなっていく・・・彼の存在が、上に行く為の志をより強固なモノにさせてくれたのだから。
「なんで室井さんが此処にいるんです?」
最後列に辿り着き2列目に行きかけた時だった、青島の声が背後から響いた。
振り返るとネクタイを緩めワイシャツの袖を捲し上げた姿の青島が不審そうな表情でこっちを見ていた。
「本庁の【室井管理官】が、なんで此処に用事もないのに居るんです?また事件ですか?いいっすよ、言って下さい。捜しますから。こういった仕事も所轄の仕事でしょうから。」
明らかに自分に対し不快感を滲ませた言葉だった。
眉をひそめ口は真一文字に固く結ばれたまま、斜めから見下ろされた冷たい目の色で見つめる青島の姿。
いつもの青島なら自分を見れば、破顔の笑みで迎えてくれた。
そう見られても仕方ないと思っては居たが心がどうしようもなく痛かった。
自分の気持ちを謝罪の気持ちを伝えなければ・・・口に出して言おうとするものの、言葉に出来ず、口ごもってしまう。耐えられず青島の顔を見ると、表情は変わらないのだが、必死に言葉を探し伝えようとしている自分を待っていてくれているのが分かった。
「あ・・・青島刑事。・・・本庁が・・・いや、私が・・私がキミを守れず済まない事をした。許してくれ。」
「その言葉は、本庁の【室井管理官】としてですか?一個人の【室井慎次】としてですか?」
一瞬青島を辛らそうに見つめたがすぐに目を伏せた。
「今日ここへ、君に会いに来たのは個人的な気持ちで謝りに来た。」
「ホントにすまない。あの時君からの電話で、心から君を失いたくないと思った。」
「でも、所轄の一刑事ですよ。替えの利く。」
「私にとっては君はかけがえのない存在なんだ。」
「あっ!。」
室井は今自分が青島に向かって言った言葉に、言い過ぎてしまったと気が付いた。
此ではまるで片想いの告白だ。何を血迷った事を・・・否定しようとした時には遅かった。
思いがけない室井の口から出た言葉に、青島は手早くネクタイを外すと、室井の両手をネクタイで縛り上げ片手で壁に押し付けた。
「ねぇ、室井さん。今自分が言った事の意味分かってンの?」
ギラ付いた青島の鋭い目に見つめられ、暴れ逃げ出す事さえ出来なくなってしまった。
「ち、違う。青島・・・違う・・」
「何が違うんです?」
低い声で言われ、言葉に詰まり言い返せず逆に怒らせてしまった事を後悔していた。
そんな室井の姿を見ながら、青島は自分のワイシャツのボタンを外しTシャツをたくし上げ、左胸に付いた生々しい刺された傷跡を見せつけた。
程良く張った胸板の左側、心臓の位置から数_ずれた所に出来た縫い跡も新しい傷。
目に飛び込んできた其れに思わず逸らしてしまったのを青島は許す訳もなかった。
「こんなちっぽけな傷だったんだから室井さんにとって何て事無いんでしょ?」
辛い一言だった。
「・・・あおしま・・・・許して欲しい。」
絞り出す様な声で顔さえ見れず項垂れ誤る事しか出来ない自分が情けなかった。
「・・・舐めて下さいよ。・・・」
「?!」
青島の言っている意味が分からず、顔を上げ見つめ返した。
「じゃ、オレのこの傷跡、室井さん・・舐めて下さいよ。」
「そうしたら、許しますよ。」
頭の中がくらくらした。屈辱的な行為ではないが、その言葉に従ってしまったら自分の心に嘘は付けなくなってしまう。そうなって青島に拒絶されるのが一番恐れていた事で、それを避けたかった。
「青島・・・それだけは、・・・」
「出来ないんですか?やりたくないんですか?」
「かけがえのない存在だと言ったのは貴方だ。だったら、大切にして下さいよ。」
抗いたい、けどこのまま従いたい。 でも青島に嫌われたら・・・こんな気持ちを知られてしまったら、この関係は終わってしまう。苦悶している室井の表情を見て言葉を続けた。
「室井さん、貴方の気持ちをオレに見せて下さい。」
意地悪い眼差しの青島を恨めしげに睨み返すと、ゆっくりと傷跡に近づいた。ふわっと鼻孔を掠めたメンズトワレの香。青島の汗と混ざり、その香は催淫剤の様に刺激し、自分の中の理性を壊していった。
「ワタシは、もう・・・・」
震えながら、盛り上がった傷跡に唇を近付け軽い接吻をした。その時青島の躰がぴくんと反応した。
何もかもが考えられなくなり、舌でそっといとおしむ様に優しく舐め、更に其処から横の小さな突起にも這わせ口に含ませた。
『もう、後戻りが出来なくなる・・・。』
気持ちを伝える事のないままでも、こうして躰に触れる事が叶ってしまったのだ、これ以上だと、青島への気持ちが止めどなく溢れ歯止めが利かなくなってしまうのを分かっていた。
まるで催眠術に掛かったかの様に突起を軽く吸いながら、舌で夢中で味わった。
『こんな私を軽蔑してくれて・・・今オマエの目の前にいる不様な男が、約束を交わした私の汚れた本当の姿だ。』
室井の胸の中で何もかもがさらさらと音も無く、崩れ消えていく感じがしていた。
『 男しか求められない躰だと・・、男しか愛せない事も。しかし、一生オマエを好きという、この気持ちだけは絶対、気付かれたくない・・お前と築いてきたこの関係だけは無くしたくない。』
今迄ずっと傷付いているままの気持ちも、躰に憶え込まされた甘い疼きの記憶も胸の奥底深くに閉じ込めてきた。何も言わず相手に気付かれないまま過ごす事を選んで生きてきた。そうすべきなのだと、自分自身に言い聞かせてきたのだから。
「 ? 」
無表情のまま見下ろしていた青島が、室井のきつく握りしめられた拳が微かに震えているのに気付いた。其れは嫌がっている怒りの震えではなく、自分の感情を押し殺している時のそれだった。そして、自分よりも薄い肩が何故か泣いている様に見えた。
「何故泣いているんです?室井さん。」
「オレに、男のオレにこんなコトされて嫌なんでしょう?気持ち悪いと思うなら、声を出して怒ればいいでしょ?なのになんで、アンタの肩は泣いてる?」
見透かされた? 一瞬青島の言葉に動揺してしまったが、室井はあえて青島の目は見ず、震える声を殺し言い返した。
「違う。・・・私は男同士であれば誰とでもこういう行為が出来る男だ。軽蔑しただろ。 だから、・・・もう許してくれ。・・・」
「 室井さん、オレは言ったはずだ。『アンタの気持ちを見せて欲しい。』って。なのにアンタときたら、自分の気持ちを何処に隠そうって言うんです?」
ネクタイを書類棚の柱に括り付けると、無理矢理自分から室井を引き離し、強引に唇を自分の唇で塞ぎ、力づくしで口を開かせ舌を差し込み乱暴に室井の舌を蹂姦した。
青島の舌は室井の舌を別の生きものの様に、妖しく絡め取り、最後の抵抗する力まで奪い去ってしまった。
「んっ、、、うぅんっ!・・んン」
離れたかと思えば再び重なり、絡まった舌は室井を許してはくれなかった。ようやく解放された時、青島を映した室井の眸は切なさと妖艶が入り混じり濡れていた。
「何処に隠してしまったんです?室井さんの心は・・」
ゆっくりと低い声で青島は聞き返した。