ODS
□無題
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私は一体どうしたいのだ? 何処に向かって歩みを進めていけば良いと言うのだ?
私が約束をし、果たす為に選んだ道は間違いではなかったのか?
そんなのいいわけだ、逃げ口上だ。
自分で答えを出すのが怖くて、事実を認めるのがイヤで、避けていただけだ。
だけど、・・・どうすれば良い?・・何に救いを求めれば良い?・・・誰に?!
私は何ひとつ出来ないくせに、助けることさえも、 傷付け喪いたく無いと思えば想う程、願えば祈う(願う)程、手の中から消えて無くなっていく。
青島が二度も刺された。
私が、彼を危険な目に遭わせた。
目の前で血に染まっていく深緑のコート。
広がっていく、彼の警察官としての紅き情熱が。
自分の足元で苦痛に歪み横たわっている姿。
何も出来ず立ち竦んだままだった。
青島と江里が重なった。
自分から手を伸ばし触れたものは全て、消えていく。
「想う」という代償に「命」が消えていく。
ただ、 「好き」 だけだったのに。
青島が吉田副総監を誘拐した容疑者確保に向かった時、容疑者の母親に背後から刺され重傷を負い、病院に運び込まれた。
「申し訳ない。大切な署員を・・責任は私が一切持ちますから。 青島刑事には・・二度も、私の所為で・・・彼を・・・」
病院のロビーで、青島の様態を心配し駆け付けた、湾岸署のスリーアミーゴスに深く頭を下げた。
いつもなら、空気を読むことの無い発言者である神田も、厳しい表情をする事もなくゆっくりと室井に話し掛けた。
「管理官。 青島君は貴男に指示を仰いだんです。『貴男だけの命令を聞く』と。」
「しかし、・・」
「管理官! あの時現場には、恩田君も居ました。 青島の意思を汲んでやってください。」
神田の心強い言葉が嬉しかった。
「さ、管理官、事件も解決しました。此処はウチの署員が居ますから、お帰りになった方がよろしいかと。」
課長の袴田が室井に進言したが、丁寧に断ると、会釈し無言のまま手術室に戻っていった。
静まり返った、手術室の前で室井は微動だにせず、【手術中】と赤く点灯している掲示を睨むように見つめていた。
漆黒の眸には動揺、後悔、怒り、悲しみ、すべてが入り混じり瞬きもせず、無事手術の終わることだけを祈り見守っていた。
恨まれ、責められても仕方ないと覚悟は出来ていた。本庁の人間が机の上で、たった一言の命令で現場で奔走している所轄の刑事を死なせるところだったのだから。
『咎人として、罪を背負って生きて行くのが君への償いなら、恨まれ続けていくのだとしても、甘んじて受けよう。それでも良い。・・・それでも、生きてくれ・・・青島。 君は生きなければならない男だ。』
室井は二度とあの屈託のない笑顔を自分に向けられることは無いと覚悟していた。
そして、青島との関係もこれで終わるのだと、胸が切り刻まれていく痛みに、息さえ出来無くなっていた。
「室井さん。車を持ってきました、一旦官舎に帰りましょう。」
青島の血に染まったままの姿で佇む室井に、背後から新城が声を掛けて来た。
「私の事等後でも良い。青島巡査部長の御家族への連絡はどうなっている。」
新城に顔を向けないまま冷たく言い放つ室井に、顔色変える事なく事務的報告をした。
「連絡は付き、明日朝にでも此方に到着されるそうです。それに・・・」
最後に言葉を濁した新城に聞き返した。
「それに・・ どうした?」
ようやく顔を向けた室井に、冷たく射る様な眼差しではなく、苦々しそうに目を細め静かに答えた。
「今の貴男の姿を見て、御家族が動揺されるのではないかと思いますが。」
その言葉に室井のていがビクッと反応し、ゆっくりと自分の手を見つめ、青島を抱えた時の血がこびりついていた。
その瞬間、容疑者の部屋の床に倒れ込んで広がっていく鮮血の海に動かない青島の姿が、フラッシュバックの様に鮮明に蘇ってきた。
「あ・・あ・・青、青島ァ!!」
みるみる顔色が青ざめ、表情も恐怖に変わりその場に崩れ落ちると、今迄聞いたことのない声で叫ぶ声が響いた。
「室井さん!室井さん!大丈夫です。」慌てて新城が駆け寄り力強く抱きしめると、優しく背中を摩りながら声を掛け続けた。
「安心してください、室井さん。あの青島という男は貴男を残して逝くわけないでしょう?それに、あなたとの約束も未だ果たせていない。そんないい加減なこと私が許しませんから。」
「室井さん一旦官舎に戻りましょう。いいですね?」
優しく促し、室井を落ち着かせようと肩を抱き寄せ、暫くソファーに座っていた。
「すまない、新城。 青島の手術が終わるまで、居させて欲しい。頼む。」
少しうつむき加減で呟く室井に
「分かりました。でも、貴男を一人にはさせない。私も一緒に残ります。いいですね。」
そう言いながらも心に中で、嫉妬心が湧いていた。
『あの男一人の事に、私にさえも貴男は見せたことのない弱さを見せ付けるなんて、貴男らしくない。』
青島によって、冷徹だった彼から少しずつ、素顔を見せ始めた事が苦々しくさえ思えていた。
どの位時間が流れたのか、ようやく手術終了を告げるランプが消え、中からストレッチャーに乗せられ看護師に囲まれた青島が出てきた。
「青島!」弾かれた様に近寄り名前を何度となく叫ぶが、青ざめた顔と口元に当てられた酸素呼吸器の音だけしか帰ってこなかった。
手術室から出てきた執刀医は、手術は無事に終わった事。しかし場合によっては障害が残る可能性もあると説明し、一礼すると二人の前から去っていった。
静かにICUに運ばれていく青島の姿に室井は成す術もなく立ち尽くすだけだった。