APH

□穏やかな縁側
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日本の家にある縁側が俺は結構、気に入っている。


「今日も良い天気ですねぇ」


ぼんやりと空を見上げるキクは、小突いたら湯呑みを落としそうなぐらいぼうっとしていて、その瞼は落ちかけている。
危なっかしい姿を視界の端に捉えながら、いつ湯呑みを取り上げようかと考えた。

白い太陽光に包まれてポカポカと暖かいこの縁側は、昼寝をするには最適だ。
なんだかんだと喋りながら結局寝てしまって、起きたら日が暮れている、なんてこともしょっちゅうある。
――先に寝てしまうのは、いつも日本なのだが。

自国には無い、風変わりな色をした茶を一口。
喉を通る熱いそれが、日本自身のような優しさで俺の体をじんわりと暖める。
やはり日本も、日本が入れてくれる茶も、この縁側も、俺にとっては親しみやすいものだ。


「う……美味いな、やっぱり。 に、日本が入れてくれる茶は……」


恥ずかしさでドギマギする心臓を「紳士としての礼儀」と言う、いわば座右の銘でもある言葉で押さえ付け、なんとか口に出す。
しかし、隣に居る人物から反応は無い。
庭に植えられた花が、苦笑するように風に凪いだ。


「…………日本?」


不自然な沈黙に日本を見遣ると、彼は静かに目をつむっている。
太陽の恩恵である柔らかな陽射しの中で日本は小さな寝息をたてていた。
俺のそれより二回りは小さいその手は、半分ほど茶が残る湯呑みを包んでいる。
水面には、日本の陰が写っていた。


「ま、まぁ寝てると思ったけどな……!」


照れ隠しの言い訳を自分の耳に届け、頼りない手から湯呑みを回収する。
自分の湯呑みと一緒に漆塗りのお盆へ乗せ、廊下の端まで避けた。

どうせ、起きたらまた「寝てしまってすみません」と言うのだろう。いつものことだ。
1人残された切なさにイギリスは溜息を吐き出し、ぐっすりと眠る日本に遠慮ない視線を送る。
謝罪しても彼はまた同じことを繰り返すに違いない。
先週申し訳なさそうに頭を下げられたばかりなのに、今現在またこうして俺の視線にも気がつかずに眠っているのだから。
普段のむっつりとした表情を手放し、力の抜けきった様子ですやすやと寝息をたてる日本は、穏やかに肩を上下させる。
それを視界の正面に捉えながら、自分の瞳と同じ色の茶を口にした。

完全に気を許してくれているのは嬉しいのだが、こうも毎回意識されていないことを実感させられるのは辛いものがある。
苦い顔になるイギリスは、同時にライバルの顔を思い出し、眉間に皺を寄せた。
荒々しい性格をした"奴"の、得意気に笑うあの憎たらしい顔。


(まさか、アメリカの前でも同じことしてないだろうな……?)


光に透けて縁取りが茶色くなる日本の髪を梳き、イギリスは、その開かない目を見つめる。
無防備に眠る日本の安らかな寝顔。


「……あんまり油断してると、そのうちどうにかしちまうからな」


眠りこける彼の、太陽に照らされて光る白い肌はきめ細かく、滑らか。
閉じたまま開かない目。
このまま何をしても、日本は気がつかないのではないか?
情欲がイギリスを誘惑し始める。


(いや、だめだろ……。 どう考えてもだめだ)


しかし、普段の日本からは考えられないその無防備な姿が、貴重なものであることには違いない。
アメリカの件で疑問はあるが、今この姿を見ているのは自分だけなのだ。
静かに距離を詰め、その白くふっくらとした頬に近づく。

寝息は規則的、ピクリとも動かない。完全に寝入っている。
長い睫が影を落とす小さい頬、そのすぐ傍で風にふわりと揺れた細い髪。


「……………………」


自分だけが独り占めしている優越感と、ライバルへの焦燥感が募るイギリスは目前の誘惑に耐えられなかった。

一瞬だけの、肌と肌の触れ合い。
音も立てず口付けた頬は柔らかく、赤ん坊の肌のようにさらりと乾いていた。
肌が白いだけの自分とは大違いの、作り物のように凹凸の無い日本の頬。
目を閉じたまま起きる気配の無いその小さな肩を掴みかけたところで、我に帰ったイギリスは両手を引っ込めた。
寝ている人間を襲ったうえ押し倒そうとまでするなんて、紳士の風上にも置けないではないか──と一瞬前までの自分を責めたてる。


(何やってんだ、俺。 寝てる奴相手に……)


理性の無い自分に呆れ日本から顔を逸らすと、庭の白い花がこちらを見て笑っていた。
なんだか馬鹿にされているような気がして、花を睨み付ける。
日本に背を向けて縁側に寝転び、イギリスはその薄い唇を指でなぞった。

ーー日本が悪い。
十分過ぎるほど魅力的なくせに、こうやって隙だらけの姿を見せ付けて。
人をお預けをくらった犬のような気分にさせるのに、「寝てしまうなんて迂闊だった」と後で謝罪をして、触れることを許さない。


(まさか俺の気持ちに気がついていて、俺で遊んでるとか……)


勿論そんなはずは無いと分かっているのだが、相手が女性であれば誘っていると受け取ってしまうような日本の行動に、いい加減我慢の限界が見え始める。
これはいつか本当に襲ってしまうかも、とイギリスは思い、その時の自分をどうやって正当化するか考えたがしかし、日本の前でそんな見苦しい真似、してたまるものかと思い直した。


「…………チッ……」


もやもやと霧に覆われたようなスッキリしない心持ちのまま、こんな気持ち忘れてしまえとイギリスは目をつむる。
数十センチ離れたところに居る日本の気配を感じながら、暖かい縁側で眠りについた。



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