APH

□治療法の無い病
1ページ/1ページ


駅構内は平日の昼間とは言え、沢山の人間が各自の目的地へと真っすぐに歩いて行く。
俺も改札へ向かって歩いていて、突然誰かに肩を叩かれた。
振り返れば、そこにはアジア人の少年が心配そうな顔をしている。
これ、と差し出されたのは少年の髪と同じ色の、真っ黒な財布だった。


「落としましたよ」


ポケットを探ると、確かに尻ポケットに差し込んであったのに、無い。
買い物でもしようかと、今朝上機嫌でお札を突っ込んで来たばかりなのに。


「本当だ……! ありがとう、君! あぁ……助かった! 本当にありがとう!」
「いえ、構いません。 気をつけてくださいね」


少年は綺麗に微笑んで頭を下げ、「それでは」と改札へ歩いて行った。
歯を見せない穏やかな笑みと、育ちの良さそうな立ち振る舞い。
一連の動きに見惚れたアルフレッドは、足を囚われたように動けなくなる。
気がつけば少年は改札を抜け、遠く離れた階段を下って、その姿を消した。
固まったまま停止したアルフレッドの横を通り過ぎる人々が、警戒するような視線をこちらへ向けているが、そんなことはどうでもいい。


「……しまった!」


名前も電話番号も聞いていないどころか、まともに会話も出来なかった。
あんなに興味を引かれる子、もう居ないかも知れないのに。

慌てて改札を通り階段を駆け下りるが、黒髪の少年は見当たらない。
しばらく走ってみても、人でごった返す街中に彼の姿は無かった。


「あぁ……なんてマヌケなんだ、俺は!」


見つからない少年の顔を思い浮かべ、シャツの胸元を握る。
胸がどきどきと、ありえないぐらいに高鳴っていた。
病気みたいに異常に早く――まるで、治療法の無い、恋の病みたいに…
耳元まで響く心音の意味に確信したアメリカは、引き締めた顔で人混みを睨み付ける。
落とした財布を届けてくれた優しい少年は、俺の心を盗んで名乗りもせず去っていった。


「……絶対に見つけてやるんだぞ」


どんな方法を使っても必ず探し出し、そしてあの少年の心を盗んでみせる。
面白くなりそうだ、とアメリカは口角を上げた。



[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ