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□昼休みの提案
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昼休みの屋上はまだ日が高く、貯水タンクの影に隠れなければ、呑気に昼食など食べていられない。
秋になりかけている今の時期は有り難いことに風が涼しく、俺とキクは二人きりで静かな昼休み過ごしていた。

キクの細い腕が自作らしい弁当を突く。
可愛い黄色の卵焼きが、キクの淡く色づいた唇の中に入り込んでいった。
口を開けた姿に色気を感じ、それに釘付けになる。
フェリシアーノの視線に気が付いたキクが、ニコリと笑って弁当箱の卵焼きを摘んだ。


「はい、どうぞ」
「えへへ……ありがと」


キクが先程口づけたばかりの箸が自分の舌に当たり、卵焼きだけを残して離れていく。
間接キスだとか舞い上がっているのは自分だけなのだろうけど、相手が好きな人だから舞い上がってしまう。
箸が触れた舌がピリ、と痺れた。
口の中で崩れていくほんのりと甘い卵焼き。
こうして分けてもらうことは多いので、美味しいのは知っていた。
キクが早起きして作った卵焼きが、自分の口内にあることが嬉しい。
我慢出来ずに顔を綻ばせてキクを褒めると、彼は目を細めて笑った。


「そう言っていただけると、嬉しいです。 ……ふふ、なんだか照れますね」


その顔が讃えるのは、クラスメートに見せる他人行儀な笑顔とは違う、優しい微笑み。
日本人特有の距離を置いた話し方でもない。
少しだけ頬を赤く染めたキクは、俺にだけは心を許してくれているような気がした。
少しずつ近づいているような気がして、こんなちょっとした事が嬉しい。

購買のメロンパンをオレンジジュースで流しながら、彩り鮮やかなキクのお弁当を見ていると、何か誤解したらしいキクはこちらを見てたどたどしく提案した。


「あ、あの……よろしければ……」
「ん?」
「もし、よろしければですけど。 お弁当……私が作りましょうか」


突然の提案に、メロンパンを貪る口が止まる。
その提案は、フェリシアーノにとって夢のような話だった。

別に俺は料理が出来ないわけじゃないけど、朝は起きれないから購買に行く。
だが、それをキクが作ってくれるなら良いことずくめだ。
購買のパンに金を出すぐらいなら倍出してでもキクの手料理が食べたいし、何よりキクが俺のためだけにお弁当を作ってくれるなんて…。
しかもそれをキクから提案してくれるなんて、胸がはちきれそうになる。
興奮して少し高くなった声で「いいの!?」と問うと、目をさ迷わせながらキクはこくりと頷いた。


「でも、あまり期待はしないでくださいね……」
「えぇ、しちゃうよ! キクが俺のために作ってくれるんだもん! それに、キクって料理上手だし! 明日から楽しみだよ!」
「う……が、頑張ります……!」


素直な気持ちはプレッシャーだったようで、キクは小難しい顔をした。

キクにしては珍しく行動的な発言だったが、フェリシアーノにとっては嬉しい限りだった。
好きな人からそんなことを言われたら、自惚れてしまう。
オレンジジュースのパックを啜りながら、何を考えているのかイマイチ分からないキクの赤い頬を眺めた。



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