APH

□feign
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ジェラートを口にしながら、友人と談笑する日曜日。
至ってごく普通の、一般人にとってはありふれた日常。
そんな穏やかな日々が、年を重ねる程に多くなっていく。


「ねぇ日本」


白いジェラートをピンク色の舌で舐め上げた日本が、少し恥ずかしそうに口を抑えて苦笑した。


「なんですか?」
「日本って、俺と居て楽しい?」


尋ねてから、変な質問をしてしまったと気がついた。


(これじゃあまるで、俺が楽しくないみたいじゃないか)


しかし、悪い意味に受け取ることなく、日本はこくりと頷いて「もちろんですよ」と綺麗に微笑んだ。


「私はすごく楽しんでいるつもりなのですが、イタリア君は……」
「い、いや! 俺も楽しいよ!」
「そうですか? それなら良かったです」
「うん……そうだね……」


溶けかかるジェラートを舌で掬う。
不安そうな顔をする日本は何も言わずに居てくれた。


日本と一緒にこうして過ごすのは、楽しい。
俺の毎日の中で1番輝いていて、1番ワクワクして、1番ドキドキする。
でも。


(日本は、俺を友達以上には見ない。 今も……これからも)


数十年昔、日本に挨拶のハグを拒否されて、知った。
日本は誰とも親密にはならない。
戦に負け、アメリカが日本を独り占めした時は毎日泣いていた。
でも、その数年後に会った日本は何も変わって居なかった。
優しい声で「イタリア君」と呼んでくれるのも、ハグしようとすると素早く避けられるのも。何も変わらない。
最初は嬉しかった。日本が変わらずに友達で居てくれること。
話すことが出来るなら、会うことが出来るなら、俺の気持ちに気がついてくれなくてもいい。
そう思っていたはずだったのに。
日本と一緒に遊ぶ一日があまりにも楽し過ぎて、もっと側に居たくなる。近づきたくなる。触れたくなる。


(ダメだよ、我慢しなきゃ。 日本に嫌われちゃうよ)


小さく首を振り、ため息をついて瞼を開けると冷たい液体が手を伝った。
それが白いシャツの上に落ち、オレンジ色の染みを作る。


「あ……こぼれた」


他人事のように呟いた一言に日本が反応し、目を見張った彼はポケットから青いハンカチを取り出した。


「すみません、ちょっと持っててください」


ジェラートのコーンを渡され、それを左手で掴む。
お腹の辺りに腕を伸ばした日本がぐっと近づいてきて、汚れを叩いた。
ペシペシと布が叩かれているが、日本の頭で汚れは見えない。
今までにない至近距離にある日本の頭頂部を見て、なんだか心がもやもやした。
叶えても叶えても溢れる欲にかられるようにその頭を撫でたくなって、しかし両手に握ったコーンのせいで伸ばせる手が無い。
持て余した右手を口へ運び、日本のコーンを食べれば良かったと後悔した。
そのタイミングでイタリアから体を離した日本は、お礼を言ってイタリアからジェラートを奪い、ニコリと笑う。


「大体は取れました。 ちょっとだけ跡が残ってしまいましたが、濡らして叩けば取れますよ」


汚れを拭いてくれたのに何故か申し訳なさそうにする日本は、柔らかそうな唇でコーンに噛み付いた。
空いた左手が寂しい。


「あ、ハンカチ……汚れたでしょ? 俺、洗って返すよ!」
「え……そんな、大丈夫です。 お気になさらないでください」


なんとか日本に関わる物に触れたい、という狡い目標も、気遣い屋の日本には通用しない。
あっさりと交わされた。
ここまでされると、すぐ隣に居るのに心は遠く離れているような気がする。
恋人になりたいという思いより、友達としてどうなのかという不平がイタリアの口を尖らせた。


「……俺、嫌われてるのかな」
「え……何にですか?」
「日本に」
「ええっ!? な、なぜ……」


我が儘な子供のような態度で日本を困らせてみる。
見るからにおろおろとする日本は、残り半分程になったコーンを握り、視線をさ迷わせた。


「だって日本、あんまり俺のこと好きそうじゃないし」
「そ、そんな……そんなこと無いですよ!」


俺は日本のこと、大好きなのに。

心の中で呟いた言葉は、そのままイタリアの声となって空気中に放たれた。
ポカン、とする日本がこちらを見つめてくる。
声に出すつもりなんて無かったのに、どうごまかせばいいのか――悩んだイタリアの左手に、日本の右手が重なった。


「わ、私も……! イタリア君のこと、だ……大好き……ですよ」


のぼせたように顔を赤らめる日本は、イタリアに喜びと苦痛を同時に送り届けた。
「大好き」と言われた、この上無い幸福感。
そして、それが"友達"としての意味しか持たないという切なさ。
こんなに近くに居るのに、伸ばすことのできない手が恨めしい。
重なる左手をそのままに、出来る限りの笑顔で、イタリアは笑んだ。


「……良かった! 俺も日本が大好きだよ! だから、ずっと仲良しでいようね!」


子供のフリ。
無邪気な子供を装った俺は、日本を狙う狼だ。
この小さな体から離れようとせず、危険な匂いがすればそいつを問い詰める。
日本を一方的に好いているのに相手にされない奴は、イタリアの他にもうじゃうじゃ居るのだ。


(でも、いい。 我慢出来るから。 日本が一人の人間を選ばないなら、俺は諦めずに日本を追いかける)


否――日本が一人の人間を選んだなら、そいつを消してしまえばいい。
あっさりと自分の中に生まれた1つの狂気は冷酷だった。
それでも、可愛い日本が誰のものにもならないまま、俺に笑いかけてくれるなら構わない。

日本は赤い顔でコーンにかぶりつき、「ハンカチのことで拗ねてるんですか?」と言った。
告白ごっこに照れているのか、耳まで赤い。
さらりとした黒髪を撫でるのは頭の中だけにしておき、現実では手を出さないで我慢する。
いつか訪れるかも知れないチャンスまで、日本には触らないし、抱きしめない。
自分の中に作られたルールに従い、イタリアはまた子供のフリをする。


「だって! 俺もハンカチぐらいは洗えるんだよ!」


馬鹿みたいな言葉を言う自分を阿呆らしいと見下しながら、小さな手に差し出された青いハンカチを受け取った。



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